地域づくり

直売所が中山間地農業の拠点であり続けるために -上田市丸子農産物直売加工センターあさつゆ代表伊藤良夫氏に聞く―

上田市丸子農産物直売加工センターあさつゆ(以下、あさつゆ)は、上田市丸子地区に位置する県を代表する直売所です。浅間山や千曲川など、信州を代表する名の付いた山河を望む自然豊かな地に店舗を構え、売り場には所狭しと旬の地場農産物が並びます。代表の伊藤良夫氏は、あさつゆの経営者でありながら、ご自身も畑を持つ生産者。生産者の視点から見た直売所のあるべき姿、経営理念、戦略、そして今後の展望など、貴重なお話を伺いました。

以下、載録記事として令和4年9月12日に開催された第2回東信州次世代農商工連携セミナーでの伊藤氏の講演の要旨を掲載いたします。

無人直売所から始まったあさつゆ 拡大のために立ち上がったのは地元農家

私が直売所を始めたのは昭和60年。当初は無人の直売所でした。こういった無人の直売所は全国でも出てきましたが、やがて“無人”直売所は“無料”直売所と呼ばれるようにもなりました。多い時は半分も持っていかれてしまい、金庫ごと持っていかれることもありました……。

そんな歴史を経験し、私たちも有人の直売所を始め、大きくなることを考えました。その時に、まずは研究会を作ろうと、立ち上がったのは地元の農家です。直売所とは「農家の農家による農家のための場」。それが本来の姿であり、あるべき姿だと私は考えています。

上田市丸子農産物直売加工センターあさつゆ

直売所は社会の縮図 世界は優秀な人だけでは回らない

あさつゆを作って、初めの2~3年の間は、「良い物だけを売りたい」という気持ちがあり、優秀な農家だけを集めることも考えました。しかし、考えた末、それではいい直売所にならないだろうと思いました。優秀な農家は良い物を作る分、細かいことにも口うるさい。そういう方ばかり集まったら、まとまらず、大変なことになると思ったのです。直売所には優秀な農家も必要ですが、様々な農家が必要だろうという結論に行き着きました。直売所は社会の縮図であり、優秀でない人もいて当たり前。色々な人がいるからこそ良い直売所になる。今はそう考えています。

高齢出荷者と若者を繋ぎ、生き甲斐となる直売所を目指す

あさつゆの平均年齢は70代後半。高齢化が進んでいます。しかし、自分がそういう年齢になってみると、一概に高齢化が問題だとは思わなくなりました。直売所は定年がないので、年を取ってもお金を稼げる場所だと言えます。高齢化が進んだと言うよりは、高齢になっても働ける場所が直売所だと思います。もし直売所という場所がなかったら、彼らの生き甲斐を奪ってしまうと思います。

また、経営者としては、年配と若者を繋いでいく必要があります。あさつゆでは青年部を作り、我々の方から彼らに接近し、意思疎通を図っています。若い人を育て、後継者になってもらうにはそれしかないと思っています。直売所は高齢の方だけでも若い方だけでもうまくいきません。両者を繋いでいくのが職員の仕事だと思います。

講演をされる上田市丸子農産物直売加工センターあさつゆ 代表 伊藤良夫氏

競争原理により「悪化は良貨を駆逐する」から「良貨で悪化を駆逐する」へ

「悪化は良貨を駆逐する」という経済学の言葉がありますが、同じことが直売所でも起こります。以前、味も良く、品質も良い、優秀な出荷者がいました。ところが、ある時その出荷者があまり出さなくなりました。おかしいなと思って聞いてみると、「私が出したら、他の人が売れないから」と言うのです。これは農家の人の良さが出ているとも言えますが、ふと思ったんですね。「悪化は良貨を駆逐する」と。

そこで、あさつゆでは競争原理を導入しています。冷たい直売所と言われるかもしれませんが、あさつゆは出荷者全員の品を平等に売ってやろうという姿勢ではありません。「3つの自由」と呼んでいますが、出荷量、値段、荷姿の自由を保証する代わりに、あとは出荷者に売れるための工夫をしてもらい、競争原理によって悪い物をなくしていこうと考えたのです。そして、農家の工夫というのは個性が出るものなので、我々が介入しない方がいいと考えています。

サッカーの審判から学んだ経営哲学

だいぶ昔の話ですが、良い物だけを並べたいと考え悩んでいた時期に、質の悪い品にはイエローカードやレッドカードを出したことがあります。虫に食われているような品にはイエローカードを付けてバックヤードに置いておくといった風に。

しかし、こんなやり方でいいのかという悩みもありました。そんな折、とあるサッカーの審判の話を聞いて目を開かされました。その審判は若い時に喧嘩試合を止めるため、反則を見る度にレッドカードを出した試合があったそうです。11枚くらい出したそうです(笑)。しかし、試合が終わった後、その審判は深く悩み、審判としていい試合を作れなかったと反省したそうです。

その話を聞いてからは、私も経営者(審判)の仕事は出荷者(選手)をコントロールして、良い直売所(試合)を作ることだと思うようになり、レッドカード制度なんて馬鹿らしくなりました。今でも悪い品は出ますが、すぐにバックに回さず、半日くらいは売り場に置いておいてあげます。そういった意味では優しい直売所です(笑)。

あさつゆ店内の様子

やる気を引き出し、競争力を引き上げるための充実した情報提供と気遣い

あさつゆでは、農後技術の知識提供として、種の撒き“どき”や、収穫“どき”などを掲載した「どきどき情報」と呼ばれる栽培情報誌を毎月出しているほか、毎日1時間おきに、販売状況の通知メールを出荷者に送っています。出荷者同士の勝ち負けは、時間をおいてしまうと判別できなくなるため、1時間おきにということです。また、リアルタイムの情報として、売り場に設置されたカメラの映像を手元でズームアップして見ることができます。さらに、1日の終わりには売り上げやお客様の声等を書いた「最終メール」を送ります。これは皆さんよく読んでいて、書く人によって文体が違いますから、名前を見なくても誰が書いたかわかるようになってきます。生産者もそれを楽しんでいるようです。

また年間を通じては、商品ごとの詳細な情報を出します。A3判20枚くらいで、あまりに詳細な情報なので、「細か過ぎて誰も読まない」などと言われたこともあります。しかし、私は「情報は皆のために出すのではない。必要としている1人のために出すものだ」と思い、この業務を担当している職員に声を掛けました。こういったこと1つひとつに対応することで、職員のやる気を引き出しています。

賞品もお客さんもいっぱい

財政面での心得 -大局を見る―

次に、黒字と赤字の話です。あさつゆは出張販売や外部販売をしていますが、色々なことをやると、必ず一部に赤字となる部門が出てきます。例えば、冬は赤字ですし、出張販売も儲かりません。しかし、「これは赤字だからやめよう」と、簡単には判断できません。赤字と黒字というのはチェーンの輪のように繋がっていて、赤字・赤字・黒字……と、全体で見れば赤字の方が絶対に多い。しかし、赤字は黒字を生み出す大地みたいなもので、赤字が無ければ黒字も生まれてこないと思っています。

大事なのは、お客さんとの信頼関係や信用です。「あさつゆは儲かることしかやらない」となったら、信用を失っていきます。ですから、あさつゆは一旦やるとなったことはずっと継続してやります。それが赤だろうと黒だろうと関係ない。信用を繋ぎ留めることの方がずっと価値があると思います。

成功のための秘訣

最後に、直売所を成功させる秘訣ですが、「秘訣は無い」という考え方に到達しています。無いとわかれば、目の前の小さな事を改善し、取り組むしかありません。そして、それはやろうとすれば誰でもできることです。秘訣を実際に生み出すことができるのは、本当に能力があり、優秀な人だけです。しかし、「秘訣はない。だからコツコツやるしかない」ということになれば、誰でもできるということになります。今はそういう考えで、目の前のことを一生懸命コツコツ取り組んでいます。……それが秘訣って言えば秘訣かな。

記者あとがき

徹底した競争原理により、直売所に並ぶ産品の浄化を図り、時に「冷たい直売所」と自嘲するも、あさつゆの伝統理念を今も貫く厳格さと意志の強さ。同時に、移り行く時代の流れに対応し、共に働く年配と若者の両者に寄り添い、「優しい直売所」を実現する柔軟さと温かさ。その2面を併せ持つからこそ発揮される伊藤氏の牽引手腕に私は痛く感銘を受けました。

講演の最後に、交通事情・人の流れの変化に伴い、今後は本店での販売から、外部での販売へ徐々に重点をシフトさせていくつもりだと語られていました。時代と環境の変化の波を受けながらも、きっと伊藤氏は今後も状況に合った最適な答えを見つけ出し、直売所経営者の範たる姿を示しながらあさつゆを導ていかれることと思います。

今回拝聴させていただいた伊藤氏のお話は、直売所の運営法という範疇に限ることなく、人生の舵の切り方にも通ずる教訓と思い、自らの胸の内に綴り残しておきたいと思います。

(産直新聞社編集部:浅川敬吾)

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