農と食

【学校給食と地産地消】なぜ学校給食に 地産地消が必要なのか

私は、長野県の学校の栄養士や栄養教諭として41年間勤め、今年の3月に退職しました。食育は「土」から学ぶことが必要と考え、地産地消や食育を学校や給食施設で進めてきました。現在は、学校給食地産地消食育コーディネーターとして、地産地消拡大の支援や食育支援を行っています。今号から始めるこの連載では、学校給食を中心に、地産地消と食育の現状と課題などを伝えたいと思っています。

寄稿:学校給食地産地消食育コーディネーター 元長野県山形村立山形小学校栄養教諭 杉木悦子

山形村の秋

山形村、秋の長いも畑山形村、秋の長いも畑

私が住んでいる長野県山形村では、11月から12月中旬くらいまで、長いも堀りの作業が主な畑仕事です。気候は寒いですが、長いもを堀っていると体も温かく、「優」と評価される格好の良い長いもが傷付けずに堀り採れた時は、嬉しくなります。私も長いも農家で育ったので、堀り採りは好きな作業の一つでした。

農業を基幹産業とする山形村の長いもの生産量は、長野県内の80パーセントを占め、一年を通して食べられるようになりました。山形村には小学校が一校と、山形村と隣接する朝日村、松本市の今井地区の3市町村の組合立の鉢盛中学校があります。どちらも、学校に給食室があり、調理を自治体職員がする自校直営方式の給食です。

山形村では長いもを学校給食に使うことは当たり前で、歴代の栄養士が献立を工夫し、給食での使用量でも全国一番ではないかと思います。通学途中に長いも畑が広がり、我が村の特産物として長いもを使う献立がクラスの希望献立にも登場します。
長いもといえば、「いも汁(とろろ汁)」ですが、1996年の病原性大腸菌O-157による食中毒が発生し、学校給食の衛生基準が厳しくなり、残念なことに長いもをすり下ろして食べる「いも汁(とろろ汁)」は出せなくなりました。出汁が効いたふんわりとした「いも汁」の味が忘れられません。家のいも汁より学校の方がおいしいという声が届くほどでした。

戦後の学校給食は輸入小麦のパンが主食

コッペパンが主食の日の学校給食コッペパンが主食の日の学校給食

安心・安全な学校給食といわれて久しいように思いますが、今のように地産地消を文部科学省や農林水産省が進める時代が来るとは思いませんでした。週6日間(土曜給食があった頃)毎日、主食が輸入小麦を使用したパン、という時代は長く、学校給食が始まった1954年から米飯給食が始まる1976年まで行われました。

1954年に学校給食法ができ、1956年に「米国余剰農産物に関する日米協定」により小麦粉と脱脂粉乳が贈与され、以後、輸入小麦でのパン給食となりました。
今では、パンは家庭でもよく食べられるようになり、食文化も変わりました。私が住んでいる地域にある山形小学校の子どもたちの嗜好調査からも、主食は、週5日ある給食の内「米飯3回、パン1回、麺1回」が望ましいと定着しています。
かつては輸入小麦が使われていたパンですが、国産のパン用小麦の開発により、国産小麦100パーセントの給食パンを使用する県が増えつつあります。嬉しいことに、長野県でも長野県学校給食会さんを中心に、来春から県産小麦50パーセント、北海道産小麦50パーセントでの給食パンの提供が開始となります。麺の原料も県産小麦100パーセントとなり、主食がほぼ国産原料となります。

学校給食の目標

黒板に書かれたその日の献立黒板に書かれたその日の献立

2003年より学校給食の地場産活用事業が開始され、2006年に食育基本法ができ、学校給食は食育として位置づけられました。

【学校給食法の目標】
1.適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること
2.日常生活における食事について正しい理解を深め、健全な食生活を営むことができる判断力を培い、及び望ましい食習慣を養うこと
3.学校生活を豊かにし、明るい社交性及び協同の精神を養うこと
4.食生活が自然の恩恵の上に成り立つものであることについての理解を深め、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと
5.食生活が食にかかわる人々の様々な活動に支えられていることについての理解を深め、勤労を重んずる態度を養うこと
6.我が国や各地域の優れた伝統的な食文化についての理解を深めること
7.食料の生産、流通及び消費について、正しい理解に導くこと

これらの目標をふまえて各学校で食育の計画が立てられています。学校給食法の全ての目標に地産地消は基盤となりますが4~7番は特に地産地消が必要となります。

子どもの豊かな自立とは

山形小学校の給食の風景山形小学校の給食の風景。給食は、地域に受け継がれてきた食文化を知る機会となる

私が栄養士として働き出した41年前の1979年当時は、食品添加物や合成洗剤、合成樹脂(プラスチック)の食器の安全性を巡って消費者の活動が盛んな時代でした。中でも、毒性物質の複合がもたらす汚染について警鐘を鳴らした、「複合汚染(有吉佐和子著)」は衝撃的で、私の考え方にも影響を与えた一冊です。

私の初任校は、長野オリンピックのあった白馬南小学校でした。校庭には、ちょっとしたスキー用のジャンプ台があり、小さな子どもたちが舞い降ります。新卒の先生はそこからジャンプしなければならないと言われ、青くなりましたが、もちろん冗談でほっとしました。スキーもままならない私には無理なことでした。

ここの子どもたちに安全なものを食べさせたいと大手のスーパーを見て回り、食品に何が使われているかを1つ1つ調べました。子どもたちの好きなハムやウインナーは、着色料や発色剤など有害な食品添加物が使用されているものがほとんどだったのですが、「無添加ハム」の研究をしていた信州ハム(株)で、亜硝酸塩を使用していないものが製品化されたため、給食に出すことができました。
また、多くの学校の栄養士たちがやっていたことは、給食室で調理員さんと共に原材料から手作りすることでした。小麦粉とバターでホワイトルウを作り、シチューを作りました。回転釜という大きな釜(鍋)でバターを溶かし、小麦粉を炒めることはわくわくする調理工程でした。給食までの半日は、給食室で調理をし、調理員さんに一からやり方を教わりました。いいにおいの熱々の給食ができて、給食をとりに来る子どもたちを見守るのも楽しい時間で、給食の時間にクラスを回り、子どもたちの食べる様子を見たり、一緒に食べたりもしました。

周りの学校では、子どもたちと野沢菜漬けを作ったり、蕗のとうを味噌と炒めた「ちゃんめろみそ(=ふき味噌。『ちゃんめろ』は『ふきのとう』を指す方言)」を給食に出すなど、地元の食文化を大切にする取り組みも始まっていました。ちゃんめろ味噌を出した学校の1年生からは、「おいしかったです。ちょっとにがかったけど、ぜんぶ食べました。ゆきとはるのあいだのにおいがしたよ」と、詩のような感想でした。
蕗のとうを食べるとその苦みが体を目覚めさせるといわれていますが、こうした食べ方を知ることができるという利点が地産地消にはあります。知恵として、地域に受け継がれてきた食べ方です。これらを含め、初任校で学んだことは、食べ物は、地域の食文化と共にあるということ、そして、自分の住んでいる地域を知り、五感を使って食べていくことが豊かな自立につながるということでした。

次回は、生産者の願いが結集した山形村立山形小学校の取り組みを紹介したいと思います。

※この記事は「産直コペルvol.45(2021年1月号)」に掲載されたものです。

この記事を書いた人
杉木 悦子
長野県の学校の栄養士や栄養教諭として41年間務め、2020年3月に退職。食育は「土」から学ぶことが必要と考え、現在は、学校給食地産地消食育コーディネーターとして地産地消拡大の支援や食育支援を行っている。