地域づくり

異業種からの農業参入〜地域の問題解決をビジネスに〜 農業生産法人 株式会社かまくらや 代表取締役 田中浩二氏

長野県松本市の株式会社かまくらやは、自動車販売業の傍ら、地域の遊休荒廃農地等を活用し約198ヘクタール(1650枚)の畑でソバや大豆、トマトなどを大規模に生産し、販売しています。耕作放棄地をめぐる社会課題への取り組みは多方面で高く評価され、平成25年には長野県知事賞、翌年の平成26年には農林水産大臣賞を受賞。地域と連携した6次産業化や、農業で若者が働ける環境づくり、障がい者の就労支援などにも力を入れており、設立から13年で地域を支える農業生産法人へと成長を遂げています。

車屋だった代表の田中浩二さんが、なぜ農業を始めることになったのか? 耕作放棄地を活用していく上で大切にしている理念、そして、同社が進める革新的な取り組みについて、2022年8月9日に行われた、東信州次世代農商工連携セミナーで講演頂いた内容をまとめ、載録します。

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農業生産法人 株式会社かまくらや

(株)かまくらやの皆さん 出典:田中浩二氏講演資料より

私どもの会社は、長野県松本市の松本インターを降りてすぐのところにあります。(株)スズキアリーナ松本という車の会社を本拠地に、創業60年の老舗「鎌倉麺業」に100%信州産のソバ粉を卸す(株)かまくらやと、障がい者の就労支援施設(株)安曇野みらい農園の運営を行っています。(株)かまくらやの従業員数は33名。グループ全体では55名の会社になりました。

私どもの会社には、3つの経営理念があります。
1つ目は、地域のニーズに応える農産物を作ること。欲しいけれども、なかなか地元産が手に入らないという作物を安定供給します。
2つ目は、農地活用。耕作放棄地を活用して、断らずに引き受けていくということ。
そして3つ目が、農業で人が働ける環境を作る雇用を創出していくということです。「愛と正義」を第一に求めて、「社会の困りごと解決」を、農業を通してできればと思っています。

自動車屋から農業へ

自動車屋だった私が、なぜ農業をやることになったのか? きっかけはリーマンショックでした。私は、自動車販売業を営む家庭の長男として生まれ、学校を卒業してすぐ親の会社に入りました。しかし、29歳の時に、一度は父と違うやり方でやってみたいとの思いから独立をしました。

45歳の時、リーマンショックで見る見る景気が悪くなり車もほとんど売れませんでした。そうした状況は、一時の経済ショックだけでなく、伸び代が少なく厳しいだろうということをひしひしと肌で感じていました。その頃『ブルー・オーシャン戦略』という本が注目され、他人と競争するのではなく、人がまだやってない領域をいち早く見つけて自分の世界を作り、競争を避けたビジネスへの転換が叫ばれ始めていました。車屋では私は営業マンで、自分で物を作っていない。ですから今度は「自分で付加価値を作りたい」「自分で作ったもの、アイデアを売ってみたい」と考え始めました。

講演をする(株)かまくらや 代表取締役社長 田中浩二氏

出資金120万円から。かまくらや設立

そんな時、鎌倉麺業というソバの製麺会社を経営している友人が「リーマンショックの直後でソバが売れない」と私に嘆きました。彼の会社では、上高地や松本城などで売っている土産物が売れなくて困っていて、そこで彼がポロッと「でも、売れるわけがないんだ。うちの商品、実は偽物だから」と言うのです。最初はその意味がわからなかったのですが、よくよく聞くと「松本で製麺すれば松本産、信州産と言っているけれど、実は原材料は中国産なんだ」と。「どこか心苦しいのだけれど、地元産の粉は安定して手に入らないからしょうがないんだ」と言うのです。

私は彼に「君がうちで作った農産物(ソバ粉)を買ってくれるなら安心して作れるから一緒に会社をやらないか?」と持ちかけました。最初は120万の資本金をお互いのポケットマネーから出して「ダメなら諦めよう。何もやらないよりやってみよう」と、そんなノリで始めたのが、鎌倉麺業にソバ粉を卸す会社「かまくらや」だったのです。

当時、ソバの国内自給率は2割。大半を中国を中心とする外国産でまかなっていたのが実情でした。だから私は、考えようによっては8割の伸び代がある産業で、これはチャンスだと思いました。

農地活用「耕作放棄地も断らない」

雑木林のようになった農地を再生する様子 出典:田中浩二氏講演資料より

会社は作ったものの農地は一枚もない。新聞等で耕作放棄地への課題が報道されていたので、松本市、安曇野市の二つの農業委員会に出向き、農地を斡旋してもらうことから始めました。初めは警戒されて、ほとんど相手にしてもらえずに帰ってきたのを覚えています。

待てど暮らせど、農地は紹介してもらえず、「一枚でもいいから貸してください」と、農業委員会に詰め寄ったところ、渡されたのが1枚の地図でした。そこは、安曇野市のリンゴ畑の跡地で、耕作をやめてから10年以上も放置されていたために、ジャングルのような状態になっていました。それを開墾しようにも、自転車や冷蔵庫などの産廃がたくさん捨てられていて大変困りました。当時はそれをきれいにする技術がなかったので友達の土建屋さんに頼んだら、撤去費用などもかかって100万円ほどかかりました。

当初は耕作放棄地しか借りられず、いい畑は一枚も借りられなかった。それでも開墾して、それを数ヶ月続けていた時に地元の農業委員の方が「綺麗になったな」と声をかけてくれて、だんだんと農地を紹介してもらえるようになったのです。私に信用はないけれど、農業委員の方の信用があれば私も農地を借りることができた。いい畑もあれば条件の悪い畑もある。それでも、借りられた感謝がすごくあるので、農業委員の方が見つけてきてくれた仕事は絶対に断らないと決めました。今、農地は200町歩近くなっていますが、いいとこ取りをしないで続けた中で信頼関係を築けたことが、農地が広がった要因だと思っています。

ソーシャルビジネスの始まり

現在の栽培規模は面積198ヘクタール、畑の枚数は1650枚になりました。地主さんは、高齢農家を中心に820人います。平成26年度には全国で一番耕作放棄地の再生面積が多かったことが評価され、農林水産大臣賞を頂きました。

知名度が上がってくると、良い条件の農地も借りられるようになってきましたが、一方で、中山間地の”やればやるほど赤字”になるような土地もあります。利益だけを追求していくのであれば、悪いところは返して良いところに集約すれば生産性は上げられます。しかし、条件の悪い農地ほど、私たちが返してしまえば耕作放棄地に戻ってしまうことがわかっていたので、できませんでした。この時、不退転の決意で会社の経営理念に「農地活用」を入れて、耕作放棄地を返さないということを決めました。

人が手放した土地を、人と同じやり方でやっていたら、続けられるわけがない。継続してやるためには、社会の困りごと解決をビジネスの手法を持って少しでも収益を上げていく、これがやはり大事です。その頃、ソーシャルビジネスという言葉が注目されるようになってきて、私はそれをやるようになりました。

私たちの革新性

ソーシャルビジネスには「社会性」「事業性」「革新性」の3つの要素があります。その中でも「革新性」が大事と考え、13年間、それをずっと求め続けてきました。

私たちが行う革新性は4つあります。一つ目は、ソバの二期作。1回だったら(生産性が)合わないソバも2回作れば合うだろうと、生産性を上げていくことにチャレンジしました。7月頭から8月には、100町歩を刈り取り、土おこし、種まきと合計300町歩分の仕事をやることになる。普通にやっていたらできませんよね。

れを可能にしたのが大型機械化です。北海道で使っている大型の機械を長野県に持ち込んで高速化を図りました。また、GPSと連動した農地管理、測定したデータを元に収穫的期を算出など、農業のIT・I oT化を図ることにも挑戦しました。こうした圃場管理システムをソフトメーカーと随時開発したことも大規模耕作を可能にした理由です。

GPSと連動したIT化。スマートフォンで本部からの指示を受けることができる 出典:田中浩二氏講演資料より
大型機械化で作業効率をUP!ソバの大規模な二期作を可能にした。出典:田中浩二氏講演資料より

二つ目は、6次産業化。松本は城下町で、いろいろな老舗、匠がいます。和菓子屋さんや味噌屋さん達とコラボして付加価値を高め、地域と共同して商品を開発する。松本城から歩いて2〜3分のところにうちの直営店があるのですが、私たちの畑で採れた農産物を使ったオリジナル商品を30種類くらい置いています。

同社の6次産業化商品が並ぶ、松本城前の売店。出典:田中浩二氏講演資料より

三つ目は、信州企業に大ロット安定供給することです。
「畑を断らない」ことは今もやっているので、これからまだまだ増えて行くと思います。でも断らない。なぜならうちの経営理念は「農地活用」だからです。私たちが進めてきた大型機械化は、家業での農家にはできないスケールメリットがある。そこにだんだんと発展してきたことは、うちの得意分野で競合しない事業領域だと思います。企業に大ロットで納めて、取引先もうちとつながった付加価値を作っていく。「地域のニーズに応える農産物を作る」ことで、工場の雇用も守ることができる。これも、地域の困りごと解決の一つです。

大型機械化で、ジュース用トマトの大ロット安定供給も可能に。出典:田中浩二氏講演資料より

四つ目は、地域の方を巻き込んで、地域コミュニティーと協働するということです。
地域の方を巻き込んでいかなければ、いつまで経っても地域のお客さんでしかない。継続して営農していくためには、いかに地域を巻き込むかということが必要だと考えました。
例えば、会社の三階のスペースをそば道場として無料解放して、松本でイベントやマラソン大会があるときには地域ボランティアの活動拠点として使っていただいています。「四賀棚田プロジェクト」では、地域の味噌蔵にスポンサーになってもらい、棚田米で作る米麹とうちの地元産大豆を使って「棚田米味噌」を一緒に開発しました。これを売ることによって、今まで持ち出しだった棚田の保全がトントンくらいにはなってきたと思います。

老舗 味噌蔵 「石井味噌」さんと共同開発した棚田米味噌。棚田の保全に一役買っている。出典:田中浩二氏講演資料より

若者を農村へ

そして、これらを実現していくための鍵が、若者を雇用して若者の力をこの4つに散りばめていくということです。若者は農村にいても働き場所がない。松本市にも農業高校はありますが、卒業後の農業法人としての採用は0。100人の学生のうち98人は他産業へ行ってしまう。これは、地元の損失だと思ったのです。

農業であっても、他産業と同じ労働環境を実現する。高校の先生とも仲良くなって、インターンや共同研究などをしてだんだんと間口を広げ、新卒採用を9年連続、毎年欠かさずやってきました。コロナ禍では、新卒で採用した3〜5年目の社員が、各作物のリーダーになってくれたことで多角化も進みました。経営理念をみんなで共有し、それに基づいた社員教育をして思いを一つに成長する中で、一人ではできなかった多角化にも挑戦できるのだということに気づいたのです。

農業法人としての新卒採用を積極的に進めている。出典:田中浩二氏講演資料より

これからの方向性、世代交代

私が55歳になった頃には、畑は1000枚以上に増えていました。これを私の代で終わりにしたら、一気に耕作放棄地が増えて社会の問題になってしまう。だから、早いうちに後継者をと考えて、5年かけて常務にバトンタッチしてきたところです。もう一族だけでは地域の農地を守ることはできません。社員から社員へと継承していく。3代目の社長はできれば新卒で入ってきた子たちの中からと思っています。4月1日から晴れて代表権がなくなるので、4月からは何をやるのかとよく聞かれますが、地域で何か必要とされることがあれば、またゼロからスタートしていきたいと思っています。

講演を聴いて〜記者の感想

会社設立か13年余りの間に、198ヘクタールもの農地を開拓してきた株式会社かまくらやの田中さん。全国で耕作放棄地が社会課題となっている昨今で、農地を農地として活用し、継続的な事業性を持って次世代に繋げていく姿は、全国の農村地域の模範となる活動だと思います。

農地を広げていく中では、地域の農家さんから反対運動が起こったこともあったそうで、その際には、市役所や農協、地域農家を含めた協議を2年間に渡り行い、時間をかけて理解を求めたそうです。その時に得た教訓から、地域農家と大規模に農地を集約する農家との間で必要なものはコミュニケーションであり、地域と接点を保つために農協の力も活用していくこと、現在は、収穫量の2/3程度を農協経由で出荷していることなども話されていました。

膨大な遊休農地の解消には、革新的で具体的な施策をもって、確かな歩みをコツコツ積み重ねていく。地域と良好な関係を保ち、地域全体の喜びを追求する。その強いリーダーシップと求心力、田中さんの柔和な表情にも現れる温かな人柄に惹きつけられ、その輪が大きく広がったのだと感じます。松本を訪れた際には店舗に足を運んで、田中さんの話に思いを馳せながら6次化商品を手にとってみたいと思います。(産直新聞社編集部:上島枝三子)