【前編】
2024年4月、市町村や品種、業種の垣根を越えて、伝統野菜を通じた地域づくりを目指す「南信州伝統野菜協議会」が結成された。こうしたまとまった地域単位を挙げての取り組みは稀であり、長野県内だけでなく全国からも高い注目を集めている。どのような想いで協議会を設立したのか、どのようなことに取り組んでいくのか、会長の板倉貴樹さんにお話しを聞いた。(文・佐々木政史)
伝統野菜は
ヒト・モノ・コトを繋げる“かすがい”
「伝統野菜のなかには、地域づくりの答えが入っていると思うんです」
取材の冒頭、南信州伝統野菜協議会の会長である板倉貴樹さん(48歳)はこう話した。
長野県の南部、飯田市と下伊那郡から成る南信州地域は、穏やかな気候と南アルプスを臨む雄大な自然に恵まれた場所だ。しかし、日本の多くの地域と同様に中山間地が多く、少子高齢化は進み、人口減少で地域の衰退が深刻化している。
こうした事態に歯止めを掛けようと「南信州伝統野菜協議会」が2024年4月に設立された。南信州地域には29品種もの伝統野菜があり、この地域資源を軸にした地域づくりを目指したい考えだ。
参加団体は、喬木村、下條村、天龍村、平谷村、阿南町の6町村に属する7つの伝統野菜生産者団体と個人。また、協力団体として、飯田市、泰阜村の2市村に属する3つの団体、行政も名を連ね、さらに協力飲食店として、飯田市、阿南町、天龍村、長野市の12の飲食店も登録している。市町村、品種、職種の壁を越えて、まさに南信州地域を挙げた取り組みと言っていいだろう。

(左から伍三郎うり、ていざなす、清内路かぼちゃ、志げ子なす)
設立のきっかけは、板倉さんの県への働きかけだった。種苗業を本業にしながら天龍村の伝統野菜「ていざなす」の生産者である板倉さんは、阿部守一知事が天龍村へ来訪した際に、伝統野菜の価値と課題、そして対策の必要性を説いた。それに対して、知事は一定の予算を付けて南信州地域の合同庁舎内に対策チームをつくるという形で応え、板倉さんら生産者と共同で協議会設立に取り組んだという。
「ただ、関係者を地道に一軒一軒まわって参加の同意を得ることは簡単ではありませんでした」
会長の板倉さんは当時の苦労を話す。それでも、板倉さんが協議会の設立に取り組んだのは、伝統野菜が地域づくりの基盤になると確信しているからだ。
その理由を説明するために板倉さんが見せてくれたのは、山形大学 江頭宏昌教授が「山形在来作物研究会誌SEED」に掲載した図だった。これは、伝統野菜・在来作物を中心に、そこから四方に様々な領域で関心と活用の可能性が広がっていくことを示したもの。観光、農業、飲食、加工、流通、食育、ライフスタイル、持続可能性、資源循環などの複数の領域で、多様な可能性が広がっていくことが見て取れた。
「伝統野菜って、様々なヒト・モノ・コトを繋げる“かすがい”のような力があると思うんです」と板倉さん。実際にご自身も、伝統野菜に関わるようになってから、大学教授やミシュランの星付き店のシェフなど、これまでに関わりのなかった新たな人とのつながりが拡がっていることを実感しているという。
当たり前のものに――
“大衆化”を実現したい
板倉さんは伝統野菜を通じた地域づくりを実現するために、「伝統野菜の“大衆化”を実現したい」と話す。風前の灯が消えないように、ただ保存していくというのではなく、むしろ生産量を増やして当たり前のものにすることを目指しているのだ。
この大きな目標の実現に向けて、協議会では多岐にわたる活動を展開している。その一つが、若者への関わりだ。伝統野菜は地元の住民ですら存在を知らないことが多く、ましてや若い世代にはほとんど馴染みがないと言ってよい。しかし、大衆化には、若い世代の消費者と生産者を増やしていくことがカギになると板倉さんは考えている。
そこで、地元の高校と連携し、伝統野菜の栽培を授業に取り入れる取り組みを始めた。下伊那農業高校(飯田市)ではアグリサービス課の生徒と4種類の伝統野菜を栽培し、実際に育てることでその価値を学ぶ機会を提供している。
連携した取り組みは地元の学校にとどまらない。協議会の立ち上げを機に繋がりを持った東京農業大学 農村調査部(22人)とも協力し、伝統野菜を材料に使用した弁当の開発に取り組んだ。学生が畑で種をまき、収穫した野菜を使って地域の特色を活かした料理を考案した。
関わった学生のほとんどは、はじめは伝統野菜という言葉は知っているという程度にとどまっていたそうだ。しかし、この体験を通じて、「その多様な価値や継承の意義を知ってくれたようだ」と板倉さんは話す。中には、これをきっかけに、なんと伝統野菜農家として南信州地域で新規就農する意思を固めた学生もいる。飯田市出身の学生で、来年の卒業後にUターンしてくる予定だという。

魅力を広く知ってもらうため
ファーマーズマーケットを定期開催
また、協議会は地域の伝統野菜の魅力を広く知ってもらう場づくりにも力を入れている。
伝統野菜は、形や大きさが揃わないものも多いため、スーパーマーケットなどの一般の量販店で販売されることは少ない。そのため、多くの消費者がその存在を知らず、購入できる場所も地元の直売所などに限られる。
ただ、潜在的なニーズは大きいと考え、その掘り起こしを目的に「南信州ファーマーズマーケット」を2024年9月に開催。ていざなす、平谷いも、志げ子なす、十久保南蛮、清内路かぼちゃ、清内路にんにくといった伝統野菜が販売された。
また、板倉さんによると、伝統野菜に関する課題のひとつとして、「どうやって食べたらいいか分からない」という食べ方の問題があるそうで、南信州ファーマーズマーケットでは、野菜そのものの販売だけでなく、保存団体やキッチンカーを通じて料理を通じた提案も実施。その中には、先述の東京農業大学農村調査部サークルが天龍村と開発した「南信州まるごと弁当」も提供され、多いに反響を呼んだという。協議会は、今後も定期的に開催していきたい考えで、2025年には4回の開催を予定し、伝統野菜の魅力を広く伝える場としたい考えだ。

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※この記事は「産直コペルvol.71(2025年5月号)伝統野菜特集」に掲載されたものです。産直コペルの伝統野菜特集に関心のある方はこちらからお買い求めいただけます!
