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南信州伝統野菜協議会【後編】市町村、品種、業種の垣根を越えて、伝統野菜で地域づくりを目指す。

【後編】(前編はこちらから)
2024年4月、市町村や品種、業種の垣根を越えて、伝統野菜を通じた地域づくりを目指す「南信州伝統野菜協議会」が結成された。こうしたまとまった地域単位を挙げての取り組みは稀であり、長野県内だけでなく全国からも高い注目を集めている。どのような想いで協議会を設立したのか、どのようなことに取り組んでいくのか、会長の板倉貴樹さんにお話しを聞いた。(文・佐々木政史)

「認定農家」の創設で
担い手育成を目指す

板倉さんは伝統野菜の大衆化に向けて、今後も協議会を通じて、様々な施策を打っていきたいと考えている。
そのひとつが、「南信州伝統野菜協議会 認定農家制度」の立ちあげだ。この制度は、伝統野菜の栽培に意欲のある若手農家や新規就農者を対象に、協議会が種・苗の提供や、栽培方法・技術指導などのサポートを行うもの。伝統野菜の多くの品種で従来の生産者が高齢化し栽培が途絶えてしまう可能性があるため、若い世代に栽培を継承する仕組みづくりを目指す。
長野県の伝統野菜では、種の無秩序な拡散を防ぎ、地域に根付いた生産体制と価値の維持を理由に、地域の生産者グループが特定の生産者にしか栽培を許可していない品種もある。しかし、この認定農家制度では、そのような品種の栽培も許可してもらうように生産者グループに働きかけていきたい考えだ。

板倉さんは、南信州全域の伝統野菜を自由に栽培できるようになることで、収入を得やすくなる可能性があると期待している。これまでは、例えば天龍村であれば、夏野菜の特定の品種しか栽培できず、夏以外は他の収入源を得る必要があった。しかし、南信州には、29品種もの伝統野菜があり、それらを組み合わせることで、年間を通じて何らかの伝統野菜を栽培できるようになる。そうすれば、一般的な野菜に比べて収量が低いとされている伝統野菜でも、生活するために十分な収益の見込みを立てられ、若手農家の定着を促がせるのではないかと考えている。
先述した東京農業大学 農村調査部の新規就農予定の学生が、この第一号として準備を進めているという。現在は大学4年生だが、卒業前から南信州地域で新規就農に向けた準備に本格的に着手する予定だ。協議会も全面的にバックアップするそうであり、今後の展開に期待が高まる。

東京農業大学の学生が伝統野菜を材料に使用した弁当開発に取り組む様子

需要と供給のミスマッチ解消へ
生産者と飲食店のマッチングも

また、協議会は、需要と供給のミスマッチという課題の解決にも取り組んでいきたいと考えている。
南信州地域の喬木村に、赤紫色の外皮で、濃厚な風味と辛みが特徴の伝統野菜「赤石紅にんにく」がある。主に地元の直売所に出荷されていたが、一般的に人気の「福地ホワイト六片種」に押されて売れ残る状況だった。しかし、ある時、名古屋のスペイン料理のシェフがその存在を知り、1000個単位の大型注文をしたそうだ。その濃厚な風味がスペイン料理ととても相性が良かったからだという。
このエピソードを聞いた板倉さんは、生産者と伝統野菜の価値を正当に評価してくれる売り先をマッチングすることがとても重要だと感じ、今後、協議会が両者の間に入り需要と供給をマッチングする仕組み作りに取り組みたいと考えている。「生産者を増やしていくためには、安定的に購入してくれる売り先の確保が重要。一方で、飲食店にとっても伝統野菜を使うことで料理の特徴を出すことができ、外から人を呼び込む観光資源にもなる」と板倉さんは話す。

一般的に、“伝統”という言葉には、貴重な古いものを消えないようにそのままの形で大事に受け継いでいくというイメージがあるが、板倉さんは必ずしもそうだとは思わないという。
「今の時代に合わせて形を変えながら色々な広がりを作って、むしろ発展させていく――僕は伝統ってそういうものだと考えています。ですから、協議会の活動を通じて、もう一気にここから伝統野菜を盛り上げていきたいと思っています」
そう話す板倉さんの熱い眼差しは、まっすぐに未来を見据えていた。

前編はこちらから

※この記事は「産直コペルvol.71(2025年5月号)伝統野菜特集」に掲載されたものです。産直コペルの伝統野菜特集に関心のある方はこちらからお買い求めいただけます!