地域づくり

長野県セルプセンター協議会 沖村さやかさん講演要旨

農商工連携の新しい形を探る「東信州次世代農商工連携セミナー」。その第4回目が令和4年11月8日、上田市の信州大学構内の産業支援施設ARECで開催されました。

今回は農業と福祉の連携に着目し、「農福連携の新しい歩み ― 制度と実践事例を学ぶ」というテーマでお話を伺いました。

長野県健康福祉部の宮嶋風太さんから農福連携の制度を伺った後、この日2人目の講師として長野県セルプセンター協議会の沖村さやかさんにご登壇いただきました。農業者と障がい者事業所のマッチング事業を行っている沖村さんは、自ら現場に足を運び、障がい者施設利用者と一緒に作業をされます。以下、現場を何よりも重視する沖村さんの、農福連携の実践例を交えた講演内容の要旨を掲載いたします。(文・浅川敬吾)

マッチング事業で心がけていること

まず、私は農業でも福祉でも、専門家ではありません。なので、講演終了後には是非皆さんからの意見もいただきたいと思っています。

さて、長野はマッチングがうまくいっているとよく言われますが、これには理由があります。平成26年に事業を始めた時、実は、窓口は私しかいない状況でした。これが良くも悪くも窓口の一本化となっていて、一人で状況をすべて把握することができ、迅速にレスポンスを返すことができたため上手くいったのだと思っています。それに加えて、JAという大きな力を巻き込めたことも大きかったと思います。

また、農業者側と障がい者事業所側にそれぞれの事情や、互いに不安感や緊張感がある中で、時にうまくいかないこともあります。しかし、そんな時でも失敗したと思わせないように計らうことが大切だと思っています。私は、継続する限り失敗はないという考え方で、何度もチャレンジし続けてもらえるようにマッチングすることを心がけています。 こういった心がけの下で事業を行っているので、長野県はうまくいっているのだと思います。

農業就労チャレンジ事業

先ほど、健康福祉部の宮嶋さんからも説明がありましたが、長野県では「農業就労チャレンジ事業」という農福連携支援事業が平成26年度からスタートし、セルプセンターが受託しています。

これは障がい者の工賃向上を目的とした健康福祉部の事業で、始まった当初は施設内就労を対象とすることを想定していました。しかし、事業所周りをすると、「施設内就労は儲からないから、やらないよ」と言われることが多かったのです。そこで私は一転して、施設外就労でマッチングを進めることにし、当時ニーズが高まってきていたワイナリーに話を持ち掛けました。ワイナリーは事業規模の拡大が見込まれていた一方で、将来的な労働力不足が予想されていたため、話を持ち掛けるならまずはワイナリーだと思ったのです。

こういったことから農業就労チャレンジ事業は始まり、現在ではマッチングも安定してきて、令和3年度ではトータルで110件ほどのマッチングが実現しています。

そして、農業就労チャレンジ事業を通じて農地に出向き、作業をすることには多くのメリットがあります。例えば、農業者からすれば人件費を比較的安価に抑えられますし、通年ではなく繁忙期のみの作業委託も可能です。また、障がい者事業所は、職員が農業者から直接指導を受けることで、農業技術の習得が可能になりますし、障がい者であっても社会貢献でき、作業を通じてコミュニケーション力を向上させることができます。 作業内容としては、トマト等野菜の収穫や、除草、片付け作業など多岐に渡り、その工賃は最低賃金の7割程を目安とするよう企業にお願いをしています。ただ、時給計算は難しい場合もあるため、なるべく歩合制で計算してもらうようにしています。歩合制の場合、農業者は除草のみの作業や収穫のみの作業など、ピンポイントでの利用が可能になり、作業内容に応じて適正な工賃を決定することができます。

施設外就労の実例紹介

平成26年度から現在までで、農業者件数でのべ500件以上のマッチングを実現しています。今日はその中の具体事例をいくつか紹介いたします。

■事業所名:エリスン(上田市) ここでは県内で唯一、10人以上を草刈り作業に投入しています。作業場の「とのしろ豊穣館」では農薬を使わずに除草をしているため、人手が必要となります。その際、障がい者たちが労働力として活躍し、彼らはこの作業では最低賃金以上の工賃を貰っています。

■事業所:エコミットあかしな(安曇野市) JAあづみが仲介した事例になりますが、いちご農園で土入れや除草などの作業を行いました。夏の非常に暑い日の作業もありますが、時給750円と、高い工賃を貰っています。ただ、ビニールハウス内は高温になるため、こまめに休憩を取らせる配慮が必要です。

■事業所:信州バイオファームが新しく開設した多機能事業所「ふれあいの森」(長野市) 作業者の方は聴覚障がい者ですが、非常に集中して作業を行い、動きも俊敏です。午前中のみの作業になりますが、時給にすると1200円ほどになり、始まったばかりの事業所であるにもかかわらず高工賃を実現しています。

■事業所:障がい者サポートセンターここねっと、㈱HERT多機能型(飯田市) ㈱アドバンスから「年末年始の繁忙期に、なかなか人が集まらなず、高校生などのアルバイトに頼んでも安定しない」という相談を持ち掛けられ、これに対して2か所の障がい者事業所が応じ、マッチングが成立しました。作業内容はネギの外皮をはがすトリミング作業です。適切な指導のもと、きちんと作業してくれています。

こういった農福連携による農地等での就労は、ホテルや官庁の清掃のような一般的な施設外就労と比べて、通年安定した作業は困難です。しかし、農業者の喜ぶ顔を見たり、「ありがとう。お疲れ様」と言われることに喜びを感じることができます。また、仮に作業が中断されることがあっても、作物の成長を実感することができます。こういったことが、農業に携わることの大きなメリットだと思います。

時間のズレが大きな課題となる

障がい者の就労は半日だけだったり、毎日は作業しないこともあります。そうなると、農業者側からは「定植や収穫は作業可能な期間が限られているため、期間中は毎日、一日を通して働いてもらいたい。夏場の早朝作業もこちらが希望する時間に合わせてもらいたい。作業終了日も細かく設定したい」などといった要望が出てきます。しかし、障がい者事業所からすると、職員の人手が足りていないのが実情であり、時間も午前9時からの作業にしか対応できません。 こういった両者の課題を解決するため、私たちは次のような対応策を講じています。まず、労働時間については事業所内で午前組と午後組に分けたり、複数の事業所が参加することで対応します。また、作業完了の締め切り日をタイトに設けてしまうと、障がい者たちにプレッシャーを与え、締め切り日に限って休んでしまうということもあるため、なるべく締め切りにはゆとりを持たせ、職員が手の空いている時間に作業を行うようにしています。

自ら現場を訪れる

私が最も気を付けていることは、とにかく現場を尊重するということです。そのためには私自身も現場を訪れて一緒に作業をしています。多様な事情を農業側、福祉側双方が抱えている中で、現場を訪れて彼らの本音を聞くようにし、マッチング時は、自分の意見ではなく現場の意見を尊重するようにしています。現場にて皆で決めたことには全員が責任を持ってくれますし、一緒に作業をした人と、そうでない人の言葉では、受け取り方が違ってくると考えています。そして、現場のリーダーである職員が、夢を持って一緒に取り組んでいくことで、仲間意識や相互理解が生まれてくるのだと思っています。

農福「連携」から「融合」へ

実際に様々な現場を訪れてみて感じることは、うまくいっている所は一体感が生まれているということです。それは、農業と福祉が「連携」という領域を超えて「融合」している状態だと感じています。

障がい者たちは、作業現場に出向くことに不安や緊張を感じます。しかし、これは農業者側も同じです。実際、「障がい者の方たちは大声を出したり、鎌を振り回したりしませんか?」と聞かれたことがあります。こういった双方の不安や緊張や固定観念を、間に入るコーディネーターを通じて解消し、相互理解を深めていくことができれば、双方にイノベーションが起こると考えています。そして、不安や緊張がいずれ信用や協力に変わり、共に働くことで消費者や社会全体に対する貢献ができるようになると考えています。私はこの状態こそが農福「連携」の先にある農福「融合」だと考えています。

時にはうまくいかず失敗することもあります。しかし、それは健常者も同じです。私は、「できる/できない」の問題ではなく「向き/不向き」の問題と捉え、失敗しても挑戦し続けることが大切だと考えています。そして、自分達にどれだけの力があるか試すためにも、施設外の農作業に参加し、一歩踏み出すことが地域の障がい者理解にも繋がっていきます。

異なる立場でも、相手を理解しようと前向きに協力するという農福連携の理念を実践できれば、農商工連携に福祉を加えた形でSDGs(持続可能な開発目標)の達成にも自然と繋がっていくと考えています。 これからも、産業の枠を超え、企業とも協力した活動に障がい者が特別な役割を果たせられるような共生社会が実現できるよう努力していきたいと思います。

記者あとがき

農業と福祉の懸け橋となり、数多くのマッチングを実現している沖村さん。しかし、沖村さんは自身を「農業においても福祉においても専門家ではない」と謙遜し、「皆さんの意見も伺いたい」と、その実績に溺れず、常に多角的な意見をフラットに取り入れようとされている姿勢が印象的でした。農業側と福祉側の両者が納得できるような解決策を見出し、多くのマッチングを成立させているのも、現場に赴いて農業者と障がい者事業所双方の事情を公平に考慮して、自分ではなく現場の意見を重視する客観性があるからだと思いました。 現在の多様性社会の中で、各々が寛容な心で他者のあり方を受け入れることができれば、信用や友情が芽生えてくる。そして、そういった目には見えないものを心で感じ取っていくことができれば、皆が支え合う共生社会の実現に繋がっていくと感じさせてくれる講演でした。

この記事を書いた人
産直コペル 編集部
この記事は、産直新聞社の企画・編集となります。