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【特集】「茶畑オーナー制度」などに挑戦、地域の稼げるモデルケース目指す

中山間地の茶畑は、急斜面で農業機械が入れないところも多いなど、平地に比べ作業効率と収益性は低い。加えて、高齢化が進み耕作放棄茶畑も増えている。こうしたなかで、“秘境”とも呼ばれる長野県天龍村中井侍地域でお茶づくりを行っているなかや農園 代表 篠田大樹さん(35歳)は、新たなことに次々と挑戦し、条件不利地域でも稼げる姿を見せて、地域のお茶農園経営のモデルケースを目指している。天竜川を見下ろす篠田さんの茶畑で、温かい中井侍銘茶をいただきながら、地域の茶畑の維持存続や発展に対する想い、茶畑オーナー制度や市街地での飲食店出店計画などの挑戦について、お話を伺った。(文・佐々木政史)

長野県の”秘境”で
高齢生産者から茶畑を引き継ぐ

長野県天龍村中井侍地区。「七曲り」と呼ばれる急峻な斜面で、お茶づくりが営まれている

静岡、愛知との県境に位置する信州最南端、非常に山深いことから秘境とも呼ばれるところに、長野県天龍村 中井侍地区はある。まとまった平地はほとんどなく、天竜川の流域から立ち昇る急峻な斜面に、茶畑と集落の家々がへばりつくようにあり、何度も折れ曲がって登る「七曲り」と呼ばれるつづら折りの幅の狭い道がそれらをつなぐ。
農業を行うのにとても厳しい環境のなかで、村としてこれまでに養蚕や、梅、こんにゃくなどの栽培などに取り組んできたが、採算が合わなくなり、新たな地域の産業として取り組まれたのが、お茶だった。1971年に奨励品種であった、やぶきたの苗を植樹、1975年に地区内に製茶工場を作り、集落を挙げて栽培面積を増やした。山間で日照時間が短く寒暖差が大きい環境が、高品質な茶葉を生み出し、中井侍銘茶というブランドが確立されている。
しかし、近年は生産者の年齢は80歳以上が多数を占めるほど高齢化が進み、後継ぎがいないため耕作放棄茶畑が増えている。また、耕作放棄とまでいかずとも、生産者が高齢化し自ら作業ができないため、地区内外の農家などに作業委託するケースも増えているという。 こうしたなかで、篠田大樹さんは、2019年に茶畑の管理・生産に携わり、2020年に90歳を超える地域の高齢農家から茶畑を引き継ぎ、「なかや農園」という屋号で新規就農してお茶づくりを始めた。現在、65アールの茶畑で、農薬不使用・有機肥料栽培、手摘み収穫にこだわり生産している。煎茶だけでなく、紅茶、ほうじ茶も販売。なかでも、紅茶は長野県内で唯一の生産者だという。
篠田さんは、農業に決して好立地とは言えない中井侍でも、〝稼げる農業〟のひとつのモデルケースを示したいと奮闘している。なかや農園の茶業の収入は約400万円で、「中山間地なら、それなりに生活できる」と篠田さんは話す。ほとんど平地のない天龍村中井侍地域で、農業で生計を成り立たせることは決して簡単ではないはずだが、一定の成果を出している。

茶畑オーナー制度で
外から人を呼び込む

「茶畑オーナー制度」の様子。摘みたてのお茶を畑で煎って飲むなどの体験も提供している

篠田さんがなかや農園の経営で収益力を高めるために心掛けてきたのは、これまで地域のお茶農家が行っていなかった新たな取り組みに精力的に挑戦し続けることだ。
中でも「茶畑オーナー制度」は特徴的な取り組みである。オーナー制度とは、消費者が年会費を払って、米や果物などの農産物の所有者となり、その成果物を受け取る仕組み。栽培管理は基本的に農家が行うが、収穫体験などの交流イベントが用意されることも多い。生産者にとっては安定収入の確保、消費者にとっては安心・信頼できる食の確保などにつながり、「食と農を通じた関係人口づくり」の手法の一つとして位置づけられている。棚田などでの取り組みが良く知られているが、篠田さんによるとお茶で取り組んでいるところは珍しいということだ。
なかや農園の茶畑オーナー制度では、オーナーは年会費を支払い、プランに応じて茶葉の定期配送を受けたり、茶摘みや手揉み製茶体験、草刈りや肥料撒き、剪定といった管理作業に参加できる。自宅で茶葉の配送を楽しむ「おうちでオーナー」、茶摘みや製茶体験に参加する「茶摘み体験オーナー」、農作業を継続的に支援する「作業助っ人オーナー」の3プランを設定し、関わり方の濃淡に応じて選択できる仕組みとしている。また、オプションで、天龍村特産のゆずや、信州の伝統野菜である「ていざなす」を受け取れるプランも用意しており、茶だけでなく地域の食文化全体に触れられる点も特徴だ。
現在オーナーは全部で17人で、このうち「おうちでオーナー」が11人、「茶摘み体験オーナー」が2人、「作業助っ人オーナー」が4人。長野県在住者は4割くらいで、県外は京都府や石川県といった遠方の人もいるそう。
篠田さんは茶畑の美しい風景を後世に残すために、オーナー制度を通じ、外から人を呼び込むことや生産者の収入向上・安定化を図っていこうとしている。そして、営農の継続や後継者の獲得につなげたい考えだ。
中井侍区では、高齢化と人口減少で茶畑の管理作業の担い手が不足しており、もはや地域内の人員だけでは対応することが困難な状況だという。そのため、篠田さんは〝外部の力〟を借りることが、茶畑を今後も維持存続させていくためには現実的な方策だと考えている。
「外部の力を借りるとはいっても、新規就農者を呼び込むことはハードルが高い。その前段階として、まずはオーナー制度を通じて、関係人口として地域に関わってもらうことから始め、そこから徐々に地域への関わりを強めていってもらえればと考えています」。関わり方の濃淡に応じて3つのプランから選択できる仕組みとしているのも、こうした考え方からだそうだ。「ちょっと作業をやって満足っていうところから、もうちょっとやりたいな、自分だけで管理するところが欲しいと思うような人が出てくるようになればと思っています」。
一方で、こうした理想の実現に向けた課題も感じている。そのひとつがアクセスの問題だ。中井侍地区は秘境とも呼ばれるように非常に山奥にあり、高速道路のインターがある飯田市から車で1時間以上は掛かる。そのため、遠方のオーナーはどうしても頻繁に足を運ぶことができず、管理作業プランに登録している人でも年間1回か2回くらいにとどまることが多いそうだ。地域の茶畑を守っていくうえでは、まだまだ頻度が少ないため、もっと頻繁に来てもらうことが篠田さんの願いだ。
「できれば定期的に週末に来て、ちょっと作業して、自分が飲む分と他に誰か知り合いにあげるくらいのお茶を作る。そんな人が出てくれば、この地域のお茶づくりは続いていくし、地域に賑わいも出てくると思います」。

お茶作りは
中山間地に適している

農薬不使用・有機肥料栽培・手摘み収穫にこだわり生産している

篠田さんは、お茶に中山間地でも稼げる農業としての可能性を感じている。その理由のひとつは、栽培環境が合っていること。中山間地域は平地に比べてまとまった農地が少ないが、お茶は斜面で栽培できる。現在、日本のお茶栽培は効率面から平地での栽培が多いが、もともとは美味しいお茶ができる傾斜地や山間地で盛んに作られた歴史もある。中山間地の自然環境は、質の良い茶の生産に適しているという。平地と比べて日照時間が短く、気温が低く、昼夜の寒暖差が大きいため、茶葉の成長がゆっくりとなる。これにより、渋み成分のタンニンの生成が少ない一方で、旨味成分のアミノ酸を多く生成し、まろやかで旨味のある味わいになる。そのため、高級茶の産地の多くが山あいにあるという。なかや農園のお茶も85gで2400円と、高級茶の部類になり、主に高価格帯のホテルや飲食店に卸売りをしているそうだ。
6次産業化しやすいことも、お茶が中山間地でも稼げる農業に成り得る理由だと篠田さんは考えている。中山間地は平地に比べて大規模で効率的な農業が難しいことから、収穫量が多くなくても、加工し独自に流通させることで、付加価値を付けることが重要だと言われている。この点で、「お茶はそもそも蒸して乾燥させた加工食品であり、保存も利くので、流通・販売がしやすい。また、粉にしてお菓子などの食品のフレイバーに活用するなどの、2次加工もできる」と6次産業化のしやすさを語る。
一方で、篠田さんは中山間地でのお茶づくりに可能性を感じながらも、自身の農園の経営が軌道に乗るまでには苦労もあったと話す。「大学で農学部の地域づくりに関わるコースを専攻していたので、中山間地の農業は6次化して付加価値を付けて売ることが大事であることは学んでいました。しかし、口で言うのは簡単だけれど、実際はそんなに簡単じゃない。自分で取り組んで実感しました」。
特に、壁になったのが流通・販売。付加価値が高いと自分では思っていても、それをお客さんに認めてもらい購入につなげるところまで持っていくのが難しいと感じたそうだ。最初は売り先がないところからスタートし、見込みのありそうなホテルや飲食店をリストアップして、一軒一軒、営業電話を掛けたりやダイレクトメールを送った。お客が付いて軌道に乗ったと感じたのは、ようやく3年後。粘り強く価値を訴え続けた結果、少しずつ口コミでお客さんが広がっていった。「やっぱり人伝てに価値を伝えてもらうのが、一番効果があると感じています」。

市街地に
飲食店の出店を計画

篠田さんは、次の新たな展開として、3年後を目途にお茶をメインに提供する飲食店の出店を計画している。以前から6次産業化の取り組みの一環として、消費者に直接お茶を淹れて提供する場を持ちたいと考えていたそうだ。人口の多い市街地に出店することで、多くの人に農園の商品やオーナー制度などの取り組みを知ってもらう機会につなげる。また、効率よく稼ぐ経営スタイルをより進めていきたい考えだ。
「天龍村中井侍のような地域でも、農業で稼げることを示したいんです。なかや農園をモデルケースにして、私もできるかもしれないって、将来的に中井侍でお茶づくりに取り組んでみようと思う人が出てきてくれると嬉しいですね」と篠田さんは微笑む。
中井侍地域は中山間地域でもとりわけ農地が少なく厳しい環境だ。ここで稼げるお茶づくりを実現できれば、中井侍地域だけでなく、他の中山間地域での稼げるお茶づくりのモデルケースにもなるだろう。今後も篠田さんの挑戦を追い続けたい。

※この記事は「産直コペルvol.76(2026年3月号)”お茶づくり”で新しい地域をつくる。」に掲載されたものです。関心のある方はこちらからお買い求めいただけます!