農と食

【地域野菜あまから訪問記】農家とシェフを繋げる活動

文・信州大学学術研究院農学系准教授 松島 憲一

伊那谷グランシェフの会

高遠三義産そば粉とシラネ小麦の手打ちパスタ・トレネッテ二月の野草のアーリオ・オーリオ

平成最後の年明け早々、本学(信州大学)博士課程の大学院生である岩本啓己さんからメールが届いた。「来る2月16日の夜、『伊那谷グランシェフの会』というのをやります。伊那谷の料理人と農家が一緒になって、地元の農産物を使ったコース料理をふるまうという企画です。先生もぜひお越しください!」と。彼は私の研究室の院生ではないのだが、地域活動にも熱心で、「結屋」という農家と料理人をつなげる活動に参加しているのは以前から聞いていたので、参加してみた。この日はコースで6品が出され、結屋の中心的人物であるクラベ・コンチネンタルデリカテッセン(伊那市)の渡邊竜朗シェフの他、数人の伊那谷の料理人がそれぞれの料理を担当し、さらにその料理に使われた農産物の生産者がその農産物のみならず料理の紹介もしてくれるという企画だ。これにより生産者は自分の栽培している農産物の食材としての特徴やその良さを改めて知ることができるし、我々食べる側もその農産物の生い立ちを知りながら食べることが出来るので美味しさも倍増である。

しかし開催された2月中旬というと信州伊那ではまだ真冬。暖冬だといっても毎朝、氷点下の世界なので、こんな時期に収穫できる物などあるのか……と思っていたが、春を目前に今まさに芽をだそうとしている野菜、野草の味は生命力に満ちあふれたものだった。例えば「高遠三義産そば粉とシラネ小麦の手打ちパスタ・トレネッテ二月の野草のアーリオ・オーリオ」と題された料理には、芽キャベツ、日野菜といった野菜のみならず、ナズナ、タネツケバナといった畑に生える野草も使われ、いずれも滋味深い味わいを出していた。また、驚いたことに「ネラの卵のウフ・ア・ラ・ネージュ、伊那谷林檎のブルーテ、ハーブティの香り、カヌレに添えて、ロゼット仕立て」と名付けられたデザートにもナズナが使われていた。菜っ葉というか野草をデザートに? と思われるだろうが、厳冬下で凍結を避けるために体内に糖分を蓄えたナズナは、デザートに使っても違和感のないくらいの甘味であった。ちなみにこの時期の伊那谷では、ナズナも直売所店頭で並んでいる立派な「野菜」なのである。

ネラの卵のウフ・ア・ラ・ネージュ、伊那谷林檎のブルーテ、ハーブティの香り、カヌレに添えて、ロゼット仕立て

農家シェフの臨時レストラン

さて、時は進んで4月。またしても院生岩本さんから連絡があって「こんど『農家シェフがこっそり教える、 伊那谷野菜をもっともおいしく食べる臨時レストラン』というのがあります。伊那谷の農家が料理人の指導の下、自分の農園の野菜を料理して出すという企画です。先生もぜひお越しください!」と。これは火曜日、水曜日のランチタイムだけの臨時レストランで、調理するのは、にっこり農園(駒ヶ根市)の青木俊明さん。彼が渡邊シェフから指導を受けて、自分が育てた野菜を料理するのだ。まず、出てきた「伊那谷ロメインレタスの半割、ペコリーノチーズのサラダ」に驚いた。味の濃いレタスは、シャキシャキ感が半端なく、外葉に至ってもパリッパリで、畑で引っこ抜いてその場で食べているかのような新鮮さだ。続いて「伊那谷野菜と高遠産そばの生パスタ・トレネッテのアーリオオーリオペペロンチーノ」はパスタの量より野菜の量が多いんじゃないかと思うくらいの配分に驚き。また、量だけではなく種類もワラビ、コゴミ、筍、蕪、緑大根、紅心大根、イタリア系ブロッコリー、紅菜苔、菜花、ラデッキオと多く、春の伊那谷の野菜、山菜が一皿に会していた。その野菜と料理の説明は青木さん、いや青木シェフがしてくれた、彼が手塩にかけて栽培した野菜を愛おしむように解説してくれる姿が印象的であった。

今回の農家シェフ、にっこり農園青木俊明さん

結屋学生チーム

さらに5月。かの院生岩本さんからまた連絡が。「こんどは農学部の学生生協売店で伊那谷の野菜の素晴らしさを学生に体験してもらうようなサラダを販売します。先生も是非食べてみてください!」と。彼をはじめとした本学の院生・学生の数名が、結屋の活動に賛同して「結屋学生チーム」を結成して活動している。その一環で、渡邊シェフの監修で伊那谷の四季の野菜をサラダとケークサレ(食事になるような甘くないケーキ)にして毎週月曜日に販売するというのだ。初回販売分は大島農園(中川村)の野菜を使ったシンプルなサラダで、新鮮さを保つためにできるだけ野菜は切らない様にしているのだそうだ。その野菜の味の濃さ、新鮮さは、畑に座り込んで手当たり次第つまんで口に入れているかのようだ。コンビニのサラダを食べ慣れているだろう学生諸君に伊那谷産の野菜の本当の美味しさを知ってもらえる良い機会だし、農学部の学生としては知っておくべきであろうと思う。

伊那谷野菜と高遠産そばの生パスタ・トレネッテのアーリオオーリオペペロンチーノ
伊那谷ロメインレタスの半割、ペコリーノチーズのサラダ

結屋の活動はこういうイベント的な物だけではなく、日常の野菜等生産物を地域の農家さんから近隣の料理店に届ける業務、そのための仕組み作りを進めている。今回紹介した3つの取り組みもその地域内物流の仕組みの上に成り立っている。農家さんとシェフの関係がもっと密になった先には、もっと美味しい農と食の世界が広がるのである。

信州大学農学部で販売中の結屋学生チームのサラダとケークサレ

※この記事は「産直コペルvol.36(2019年7月号)」に掲載されたものです。

この記事を書いた人
松島 憲一
信州大学学術研究院農学系准教授。博士(農学)。専門は植物遺伝育種学でトウガラシやソバなどの遺伝資源探索、遺伝解析、品種改良および民族植物学的な研究を実施している。また、それら研究を通して地域活性化についての支援もしている。信州伝統野菜認定委員。