地域づくり

「直売所の現在の課題と新規販路開拓」生産者直売所アルプス市場 代表 犬飼浩一氏講演要旨

農商工連携の新しい形を探る「東信州次世代農商工連携セミナー」の第3回が、令和4年10月11日、上田市の信州大学構内にある産業支援施設ARECで開催されました。

この日のテーマは「地場産農産物・加工品の新しい流通の形」。以下、この領域で意欲的に挑戦を続ける生産産者直売所アルプス市場の代表犬飼浩一氏の講演の要旨を掲載します。

犬飼氏が胸に秘める生産者への思い、そして生産者を守るための施策と販路開拓の思索――これらが読者の皆さんに伝われば幸いです。

(もう一人の講師は長野県を代表する卸売業社R&Cながの青果の王鷲哲哉氏。こちらの要旨も別途掲載します。 )

講演をされる生産者者直売所アルプス市場 代表 犬飼浩一氏

生産者アルプス市場の自己紹介

生産者直売所アルプス市場(以下アルプス市場)は長野県中部に広がる松本盆地の東側、山際付近に店舗を構える直売所です。前身はスーパーマーケットで、平成8年に直売所に参入し、以来地元に根付いた運営を継続してきました。そのため、コロナ禍に於いても売上を減らすことなく、今年で26年目を迎えています。「“生産者”直売所」という店の名前でも強調していますが、アルプス市場では生産者の優先度を最高位に据え、集荷や梱包に至るまで可能な限りの支援をしています。

アルプス市場の企業理念

私たちの企業理念は、農産物の販売を通じて地域を活性化し、より多くのお客様に“元気・喜び・感動・生きがい”を提供できる企業として運営していくというものです。また、私たちは、生産者に出荷していただくことで仕事ができ、お客様は買うことができるわけですから、すべての従業員が感謝する心を持ち、素直に「ありがとう」が言える社風を目指しています。アルプス市場を大きな時計に例えるなら、そこに携わる一人ひとりが歯車です。大小様々な歯車がありますが、どんな歯車でも1つ壊れてしまえば時計は回らなくなってしまう。だから、皆に役割があって、皆が頑張れる環境作りを目指しています。

接客業としては、“笑顔の挨拶”も大事です。今はマスクで顔が見えませんが、それでも挨拶を通じて、お客様や生産者と強い信頼関係を築いていくことを目指してます。「これおいしいよ」と言えば、「アルプス市場の方が言うなら間違いないだろう」と思ってもらえるくらいの信頼関係です。

必ず売り切るという強い思い

アルプス市場は,今でこそ登録生産者は450名を数えますが 、営業を初めた頃は30名ほどしかいませんでした。直売所としてお店を出す以上、店に農産物が並んでいなくてはなりません。なので、初期の頃は毎日のように、「何でもいいので出してください」と、生産者にお願いをしました。それを続けていくことで、生産者が増え、出荷される農産物もどんどん増えていきました。しかし、そうなると、今度は売り上げの方が付いて来ず、売れ残りが出るようになってしまいました。この頃には一定以上の農産物が集まるようになっていたので、余った農産物を東京のスーパーに納品したこともありました。新鮮でおいしい野菜は東京でもよく売れました。しかし、運賃や手数料などを差し引いて利益を計算すると実は赤字だったのです。そこで、もっと良い手はないかと考えたのが加工場の併設です。売れ残りは私たちの責任。そう思い、売れ残った農産物を買い取らせていただき、漬物などに加工して販売するようにしたのです。実際、加工場を設けてみると、東京に納品しなくても品を捌けることがわかり、今ではもう、自店舗で売り切ることができないからという理由で東京に品を送ることはありません。

アルプス市場の売り場風景

社訓「川上が潤わなければ川下は潤おわない」

加工場併設の最大の理由は、私たちは「生産者が潤う農業の構築」を目指しているからです。消費者の利便性が第一ではありません。まずは生産者が潤うこと。山に水がなければ平野に水は流れませんよね。なので「川上(生産者)が潤わなければ川下(消費者)は潤おわない」を社訓にしています。まずは川上の生産者が潤い、次に中間の業者が潤い、そして消費者が潤っていく。その流れの中で皆が程よく潤うような形を構築していきたいと思って仕事をしています。

直売所以外の事業

そのためにどういうことをやっているか、やっていくか―ということですが、一つは、オープン時から四季折々の花が並ぶ園芸部事業も同時並行でやってきました。この部門の花は仕入れたものです。これを目当てに来てくれるお客さんも多いので、農産物の品数が減ってしまう時期にも売上げを支えることができています。 それから、先程も述べた加工場、ネット販売、苗の販売、出張販売などがあります。出張販売に関しては、アルプス市場の前身はスーパーで、その頃の建物が松本市筑摩に残っているので、毎週金曜日にはここを出店のようにして、私たちが農産物や加工品を持って出張し、販売しているという形です。この辺りの地区は高齢化が進んでおり、近隣にスーパーがなく、車がない人も多いため、地域住民の皆さんへ恩返しをするような気持ちでやらせてもらっています。

アルプス市場の事業紹介①

また、学校にも給食の食材を納品しています。15年位前になりますが、塩尻市で地産地消という大きな旗が掲げられた時、地元の農産物がなかなか集まらないという状況に陥りました。そんな時、声を掛けられたのが私たちでした。学校としては地元の農産物で給食を作りたい。私たちとしては生産者の農産物を余らせたくない。そこで利害が一致し、学校に納品するようになりました。今年からは病院やろう学校、養護学校にも納品しています。

アルプス市場の事業紹介②

土ノ守(つちのまもり)―良い野菜は良い土から―

今日は栽培方法がテーマではないので簡単にしか触れませんが、農産物の質の向上を目指して、土ノ守という堆肥を使うことを生産者に奨励しています。この堆肥は元々鹿児島の与論島で生まれた牛糞です。基本的にはどんな牛糞も撒いてから定植まで少し時間を置く必要がありますが、この牛糞は完全発酵した牛糞であるため、撒いたその日に苗を植えることができます。これを使うことで、微生物が土の中の生態系バランスを調整し、おいしい野菜を作れるようになるだけでなく、生産者の野菜に対して「化学肥料不使用の栽培」という付加価値が付けられます。土ノ守で育てた野菜にはその証となるシールを貼り、味の良さと安心・安全であることを保証しています。

思いを知るための生産者回訪

生産者の皆さんとのコミュニケーションも大切にしてます。私たちは生産者の圃場を定期的に訪問しています。直売所の人間というのは、生産者と消費者のパイプ役ですから、直売所のレジに立つ人間は、生産者の思いを伝えていく必要があります。生産者がどれだけ大変な思いをしているのか現地を訪れて知り、お客さんや学校等に伝えることも私たちの仕事だと考えています。単に安いとか高いとかだけでなく、「腰の悪い90歳のおばあちゃんが作ったんだよ」と伝えることこそが付加価値を生むと考えています。

生産者訪問の様子

原点

「生産者から預かった農産物を必ず売り切る」という私たちが常々考えている理念的な話に戻りますが、「農産物が売れないのは私たちの責任」ということをミーティングの度に言っています。これは、出荷した野菜が、売れずに返ってきたら切ないと思うからです。売り切るために私たちは生産物のブランドや味で勝負しています。それから、食育や食べ方・レシピの開示も重要です。例えば、どんなにおいしい物だとしても、食べ方がわからなければ買ってもらえません。しかし、そこに食べ方のレシピ等が付いていれば買ってもらえるようになります。売れないのではなく、売るための工夫をしていないということ。これが「売れないのは私たちの責任」ということです。また、見た目も大事ですので、袋詰めやレシピシールに関しても生産者と一緒に工夫をしています。

直売所が抱える現在の課題

さて、ここからが問題です。日本全国どこも同じだと思いますが、アルプス市場でも生産者の高齢化が問題になっています。毎年のようにリタイアしてしまう方が出て、平均年齢がどんどん高くなっています。結果、中山間地での休耕農地や、更には空き家も増えています。今はまだよくても、5年後にはどうなっているかわかりません。年代別の割合で見てみると、70歳以上の生産者が全体の45%を占めています。若い人たちはどうしても増えません。

なぜ農業の担い手がいないのか

なぜ農業をやらないのでしょうか。1つは、早朝からの作業や重労働を長時間強いられるということだと思います。ただし、これは他の仕事にも言えることですので、最大の理由はやはり、安定的な収入が得られないということだと思います。今はサラリーマンをやるのも大変な世の中です。昔みたいにどんな仕事でも働けばお金になるという時代ではありません。それだけ日本は成熟してきているということです。そのような状況では、「安定的な収入を確保できるのか」ということがキーワードになってくるのだと思います。

アルプス市場に並ぶ、真心こめて作られた新鮮でおいしい野菜

直売所は何ができる? ①農業を継続してもらうために

生産者の収入を増やすために、直売所は販路拡大の推進、つまりネット販売を推進することが必要だと思っています。ただ不特定多数を対象にしたネット販売ではなく、アルプス市場やその生産者のことを知っていて、気に入って買って下さるお客さんを対象にした形を目指しています。ネット販売の推進は非常に大変なことですが、世の中で伸びている市場であり、可能性のある販路です。きれいごとを言っていても、絵に描いた餅になるだけです。結果を出さなければいけません。とにかく売って、収入を増やしてあげること。だから、どんなに忙しく大変でもやるのです。 それから、本日は会場にR&Cながの青果さんが見えています。まだ打ち合わせ段階ですが、市場との連携も考えています。直売所で販売できる量は高が知れていますが、市場と連携すればより多く、付加価値をも求める人に付加価値のあるものを届けることができると考えています。このような取り組みを通じて生産者の収入を安定的に上げていくことができれば、まだまだ農業を続けてくれるのではないかと考えています。

直売所は何ができる? ②生産者の負担を減らす

直売所に出荷するためには、梱包や物を運ぶ作業、値付け・陳列といった作業も必要になります。朝、最も農作業ができる時間に、農産物を直売所まで運んでいては時間が取られてしまう。あるいは、忙しくて梱包している時間がない。そういった生産者に対しては、私たちが集荷や梱包業務を引き受けています。農産物の生産・収穫は生産者にしかできないことですが、それ以外の事は直売所もお手伝いをして、生産者を支援しています。

地域農業を守る5本の柱

やはり直売所というものは、地域農業を守るということを抜きには語れません。生産者のための直売所だという原則に立つ限り、直売所は自ら地域の振興に力を入れなければいけないと思います。

その柱となるのが、1.直売所の運営 2.学校給食の食材提供 3.農産加工場の充実 4.ネット販売による生産者の売り上げ向上 5.市場との連携—です。

4と5に関してはこれから進めていきたい部分ですが、これらの5項目を柱として運営し、生産者の収入を上げていきたいと考えています。

25~30年前の直売所の状況や環境と今はだいぶ違います。これからは良い生産者の取り合いになるのではないかと思います。そしてどんな仕事でも言えることですが、中途半端にやっている人は消えていくと思います。それは、先程も言ったように、社会が成熟してきているからです。私たちは変化する環境の中でも、何としても生産者の収入を上げていく。そのために何ができるかということを追及して、今後もそれを仕事としていきたいと考えています。

記者あとがき

自店舗での販売以外に、学校や病院への納品、また、過去には東京のスーパーへの納品もされていたアルプス市場。最近ではネット販売の道も開拓しているということで、状況や時代の流れに合わせて販路を開拓していくことの必要性が語られました。そしてそれらは全て生産者の品を売る切るためであり、随所で発せられた「生産者のため」という言葉に、犬飼氏をはじめとするアルプス市場の生産者に対する感謝を超えた敬意の念が現れていたと強く感じる講演でした。消費者や、共に働くスタッフの存在に憚れることなく、「生産者」こそを「第一」と迷いなく明言される姿から、その思いは偽りのないの本心であるということが緊々と伝わってきました。だからこそ、生産者にその敬意や熱意が届き、信頼関係を築くことができているのだと思います。アルプス市場を訪れる際には、そんな生産者と直売所の両者の思いが詰まった野菜を手に取ってみたいと思います。 (産直新聞社:浅川敬吾)

この記事を書いた人
産直コペル 編集部
この記事は、産直新聞社の企画・編集となります。