農と食

【農業と暮らしの経営学】大地が生み出すミルク

スーパーの牛乳売場には、幾種類もの商品が並んでいます。その横には豆乳も頑張っています。実は、そんな牛乳・豆乳売場に、最近ある変化が見られます。今回はその変化を探っていきましょう。

日本人にとっての牛乳

戦前の日本では、庶民が動物の乳を口にすることは一般的ではありませんでした。ところが、戦後、アメリカの援助でもたらされた脱脂粉乳が学校給食に導入されたのを契機として、大人も日常的に牛乳を飲む習慣が定着することとなりました。

食の洋風化とも相まって、飲乳量は増え続け、1993年には一人当たり年間34㍑に達しました。しかし、これをピークに、ヨーグルトやチーズなど乳製品の消費が増えるに従って減少していき、近年は約25㍑(一日68㎖)前後で推移しています。(出所:農林水産省「最近の牛乳乳製品を巡る情勢について」2021・4)

酪農発祥の地、ヨーロッパの人々はどうかというと、日本人と比べて、イギリス人が3・5倍、ドイツ人が1・8倍、フランス人が1・7倍となっています(出所:一般社団法人Jミルク)。その消費量の多さは、古くから牧畜を営み、家畜からの恵みを食生活に取り入れてきた長い歴史を感じさせます。

代替乳としての豆乳の登場

牛乳等の1人当たり消費量の推移(年度別)牛乳等の1人当たり消費量の推移(年度別)

牛乳の消費が伸び盛りの頃、1970年代後半に登場したのが豆乳でした。当時は、青臭くて、決しておいしいものではなかった記憶がありますが、その後、食味・風味の改善が進められ、1983年と2000年の2回のブームを経て、現在は食生活にすっかり定着しました。牛乳の消費量が減少する要因ともなっているようです。

とはいっても、一人当たりの年間消費量はせいぜい3㍑と、まだ牛乳の八分の一程度。そんな牛乳・豆乳売場の激戦区に、最近、植物ミルクという新勢力が登場し、話題です。原料は、オーツ麦、アーモンド、ココナッツなどの穀物やナッツ類。豆乳に次ぐという意味で第三のミルクとも呼ばれています。

アーモンドミルクは、豆乳と同じように、水に浸漬、粉砕、濾過して作られます。抗酸化作用のあるビタミンEが多く含まれており、血中コレステロールの調整に効果があるようです。

オーツミルクは、オーツ麦(燕麦)を糖化させて作られます。日本人にはなじみのないオーツ麦ですが、欧米では、牛乳をかけたり、おかゆにしたりして食べられるオートミールの原料です。また、近年、日本でも人気を集めているグラノーラの原料ともなっています。

ライスミルクは、米粉を浸漬したものに油と塩で調味され作られています。酵素でデンプンを糖化して作られる方法もあるとのこと。甘酒もいってみればライスミルクです。甘酒は冬の飲み物というイメージがあり、お汁粉と共に季節商品でしたが、いまや一年中出回るようになりました。特に夏場は、熱中症対策として「飲む点滴」というイメージが定着。機能を再定義してヒット商品となった典型事例です。

牛乳の生産は環境に優しくない?

第三のミルクのムーブメントは欧米から始まりましたが、どうやらグローバルな流れとなってきているようです。でも、なぜ、欧米において第三のミルクが注目を浴びるようになったのでしょうか。考察してみましょう。

第一に、大都市に住む20~30代の若い世代を中心として、肥満防止や健康、美容の観点から脂肪分の多い食肉や乳製品の喫食量を控えるようになったこと。いままでマイノリティーとされていた菜食主義者(ベジダリアン、ビーガン)も近年、市民権を得ているようです。

何らかのカタチで菜食を食生活に取り入れている人々は、アメリカで6%(1963万人)、ドイツで10%(831万人)、イタリアで10%(606万人)、オーストラリアで11%(273万人)。程度は別にしても、菜食を食生活に取り入れる人々は着実に増え続けています。

第二に、環境面から牛乳生産に疑問符がつけられていること。牛は、食べ物を4つの胃で反芻して消化しています(そういえばいつも口をもぐもぐさせている)。その際に彼女らは大量のゲップをします。ゲップにはメタンガスが含まれ、温室効果ガスの発生に加担しているのではないか、というわけです。

大量の糞尿や排泄物からもメタンガスは発生します。生理現象なので、牛にとってはなんとも迷惑な話です。

第三に、生産効率の面から全体最適かどうかということ。牛乳の原料となる生乳を生産するためには、乳牛に大量の餌を与えなくてはなりません。牛は草食動物なので、主食は牧草を乾燥させた干し草(これを粗飼料といいます)。ところが粗飼料だけでは乳量が出ないため、副食として砕いたトウモロコシや大麦、大豆ミール(食用油を搾った残り粕)なども与えています(これを濃厚飼料といいます)。濃厚飼料を生産するためには、広大な農地と膨大な水が必要になります。であれば、食物連鎖の鎖をカットして、牛に与える大豆を人間が豆乳にして飲んだ方がよっぽど効率が良いのではないか、というのです。

世界にはいまなお飢餓に苦しむ9億人もの人々が存在します。先進国の人々が大量の食肉や乳製品を貪ることが、SDGsの面からも考えなければならない社会的課題というわけです。

第四に、動物愛護の面からどこまで動物を酷使してよいのかということ。酪農というと、広い牧場で牛がのびのびと牧草を食んでいるという牧歌的なイメージがありますね。ごく一部に放牧酪農をしている酪農家はいるものの、ほとんどの場合、現実とはだいぶギャップがあります。先進的な大規模酪農経営になると、農場はまるで生乳生産工場のよう。乳牛は、狭い牛舎の中で、ひたすら乳を出すミルキングマシンのごとくです。

生産性を徹底的に追求するため、たくさん乳を出す系統選抜と高栄養の飼料の研究が日進月歩で行われています。僕が40年前に担当した酪農家の搾乳量は、一頭当たり年間5000キロ㍑程度でしたが、近年では、9000キロ㍑(出産後一日30㍑×300日)にもなります。すごいと言うしかありません。

そして9000キロ㍑搾れるのは、若いうちだけなので、だいたい3回分娩したあたりで廃用され食肉として出されてしまいます。太く短い人(牛)生です。こうした、人間様に都合の良い工業的な酪農が動物愛護団体からすれば顔をしかめざるを得ない、ということのようなのです。

消費者や社会の課題をどう経営に活かしていくか

アーモンド、ココナッツ、ライス、オーツ、ソイなど種類豊富なミルク。アーモンド、ココナッツ、ライス、オーツ、ソイなど種類も豊富。(写真提供:ビオセボン・ジャポン)

第三のミルクのムーブメントの背景には、様々な社会的課題があることがおわかりいただけたかと思います。しかしすでに、世界的な食品企業や外食チェーンは、これらの解決にSDGsを結びつけてグローバル戦略を展開し、こうした動きに触発された日本の食品企業も動き出しています。

食品企業は、消費者の困りごと、「これがあったら便利だな」という身近な課題解決からSDGsのような大きな社会的解決を視野に入れて商品開発しています。だからいま、食の世界がどう変わろうとしているか、それを感じ取るには、スーパーやコンビニに行くことをお勧めしたいと思います。

消費者は、スーパーやコンビニに「今晩のおかずを何にしようかなあ」と食材を求めに行きます。しかし、本誌の読者は農業や直売所を経営している事業家の方々。ただ漫然とスーパーやコンビニで買い物しているわけではないでしょう。

何かテーマを決めて行くと行かないとでは大きな違いがあります。アンテナを立てていると、不思議なもので向こうから情報が飛び込んできたりする。人は、関心のないものは目に入らないものなのです。

スーパーに並んでいる商品と農業との関係性をいろいろと思いを巡らせてみると、思わぬ発見とともにひらめきが湧いてくるかもしれません。「スーパーに並んでいる商品」×農業=新たな発想(新たな作目・栽培方法・販売方法・加工品など)。例えば、第三のミルクにインスパイアされて、自社で生産する穀物(米、麦、豆)を使って、顔の見えるオーガニック植物ミルクを開発してみるとか。名付けて「大地が生み出すミルク」。

どうです、考えるだけでもワクワクしてきませんか。

※この記事は「産直コペルvol.48(2021年7月号)」に掲載されたものです。

この記事を書いた人
大住 誠
アグリフードNext 代表。 1958年長野県伊那市生まれ、京都市在住。 1980年に農林漁業金融公庫(現日本政策金融公庫)に入庫。40年にわたり農業金融を通じ、多くの農業者の経営発展計画の実現や経営不振先の経営改善支援に携わる。 現在は、独自に開発した農業経営の可視化手法を使ったコンサルティング活動を行っている。ウェブサイトnote(https://note.com)に「食卓から見える農場の風景」というコラムを掲載中。