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【特集 集落を守る直売所】地域の10年先を考える 秋津野直売所「きてら」(和歌山県田辺市)

秋津野直売所「きてら」は、和歌山県田辺市にある、中山間地の6次産業化拠点として知られている直売所だ。農林産物の販売だけでなく、ジュース工場で「俺ん家ジュース」を作るほか、農家レストラン・加工体験施設・交流施設・宿泊施設などを併設した「秋津野ガルテン」と連携し、地域づくりのためのさまざまな取組みを行っている。

きてらのある上秋津地区では、主にみかん、梅、柑橘類が栽培されており、特に晩柑・オレンジは80種類もの品種が栽培され、直売所には一年中柑橘類が並ぶ。近隣にJA紀菜柑や産直市場よってってなどの大型店舗もあるが、昔から「秋津のみかん」と呼ばれていた産地だけに「きてら」に立ち寄る客が後を絶たないという。 地域を守りながら、10年後の未来を考え発展を続ける直売所きてらと秋津野ガルテン。その〝現在〟を農業法人株式会社きてら取締役副社長の木村則夫さんに伺った。(文・編集部)

農業法人株式会社きてら 取締役副社長の木村則夫さん
農業法人株式会社きてら 取締役副社長の木村則夫さん

地域づくりの里 上秋津

直売所きてらのある上秋津地区は、和歌山県の南部、熊野古道の出発点として世界遺産登録された田辺市にある。柑橘類と梅の産地であり、農家の多くは販売農家だ。特に晩柑・オレンジは80種類もの品種が栽培され、直売所には一年中、柑橘類が並ぶ。

直売所きてらは農林産物の販売、加工のほか、ジュース工場では上秋津産のみかんを使った「俺ん家ジュース」を作っている。直売所から車で5分、経営的にも連携する秋津野ガルテンには、農家レストラン「みかん畑」、スイーツ工房「バレンシア畑」、加工体験施設、交流施設、宿泊施設がある。

「ソーシャルビジネス(※)の3要素、社会性・持続性・革新性を念頭にいつも考えている」と木村さんが話す通り、直売所きてらと秋津野ガルテンで複合的に行われている事業は多岐にわたる。(※ソーシャルビジネス:社会課題の解決を目的としてビジネスのこと)

スイーツ工房「バレンシア畑」体験の様子

加工所では直売所で販売するには至らない加工用みかんを利用し加工品やジュースを作り、またその搾りかすは地元企業と協力し有機たい肥に変え、直売所で販売している。お客さんの滞留時間から、農村の魅力を活かした農村観光の可能性に気付きオープンした都市農村交流施設、秋津野ガルテンでは観光事業のほか、新しい農産物流通の仕組みづくりとして行っている新みかんの樹オーナー制度(現地に来なくても定点カメラのように同じ位置から撮った自分の木の様子を定期的に送ってくれる)、地域づくり学校やU・Iターン者への農業教育、市民農園、ワーキングホリデーといった人材育成事業など、さまざまな事業を行っている。農産物の販売だけでなく、農業を軸に6次産業化、観光、人材育成など複合的に事業をすることで、リスクを分散して安定化を図り、上秋津地区の基幹産業である農業が継続できる道を考え、地域全体を見ながら地域づくりを行っている。

きてらの横にある喫茶店。きてらで買い物をして、この喫茶店でゆっくりと農村の風景を見て過ごす人たちをみて、農村観光の可能性に気付き秋津野ガルテンをオープンしたそうだ

直売所を救った「きてらセット」

現在、直売所きてらの売り上げの半分近くは、直売所の店頭販売ではなく、産地直送による販売だというから驚きだ。現在では、年間2万件近い商品を全国に配送しているという。そのきっかけとなったのが、「きてらセット」だ。

詰め合わせ作業の様子
きてらセット春の詰め合わせ

上秋津地区では、オレンジの輸入自由化の拡大などを要因として1990年代にみかんの価格が暴落すると、農家は危機的状況に陥った。その打開策として、地域住民に出資を呼びかけ直売所きてらが設置されたが、直売所ができたばかりの頃は売れ行きも悪く、半年後には倒産の危機に陥っていた。「商品は売れず、売れないから出荷物も出てこなくて悪循環だった」と当時を思い出して木村さんは言う。「自分達で始めたものは自分達でなんとかしないと」と考えたのが、旬のみかんを中心に、地域にあるものを詰め合わせて作った「きてらセット」だった。役員や出資者に協力を頼んだり、お歳暮で送ったりして作った200セットを売り切った。

「今までは、お歳暮を送っても返事なんてなかったけどね、きてらセットを送ったら、『嬉しかったよ』と手紙が返ってきて。それも何件も」と木村さんは口元を緩める。このきてらセットで活路を見出し、マスメディアなどにも働きかけ、初年度はなんとか1050万円を売り上げた。今では、きてらセットは年間7500セットも売れているそうだ。  

直売所を持続させるため、「買いに来る人を待っていたらいけない」と考え、潜在顧客の掘り起こしと囲い込みを進めるべく、産地直送も活発化させた。きてらセットへは、地域のさまざまな情報を入れて発信し、全国にファンを増やすことを心掛けた。「自分たちの小さな直売所維持のために頑張ってるよ。今、9万件くらい送り先が蓄積されていて、この情報も将来絶対うちの財産になる。小さな直売所でも10年先を見ないとやっていけなくなるし、弱ってからは復活が難しいからね」と木村さんは力強く話す。コツコツと積み重ねてきたものが、現在の2万件近い全国からの受注へとつながっている。

直売所きてらの店内。年間を通して柑橘類が豊富にある

地域の10年先を見ないと

合言葉のように、「10年先をみる」という言葉が、木村さんの口から聞かれる。上秋津の取組みはとても先駆的だ。取材に伺ったときには秋津野ガルテンの敷地内にICT(※)オフィスがもうすぐ完成すると言っていた。「これから先、高齢化で後継者も減っていったら、農業も多かれ少なかれ情報通信技術が関わってくると思う。それなら、先にそういう技術を開発している人たちに来てもらえばいいと思って」と木村さんは笑う。

他にも、2015年に行われた和歌山国体で田辺市内のスポーツ施設の整備ができた影響で、スポーツツーリズムによる宿泊が増えたこと、また、インバウンド宿泊も順調に増え始め、今ある宿泊棟では限界を感じてきたことから、来春オープンを目指し、新宿泊棟の建築に入ったそうだ。

田辺市は世界遺産熊野古道を目的とした海外からの観光客も多い。秋津野ガルテンでは、そうした観光客にも対応し、新しく散策路の整備やマップを整備したりと、地域の観光振興も行っている。「来年で、きてらが始まって20年。今年は、秋津野ガルテンが誕生して10年の年。また次の10年を考えるなら今だなと思っている」と木村さんは目を輝かせる。

※ICT:「Information and Communication Technology」の略称で、「情報伝達技術」と訳される。コンピュータ技術の活用方法を指すことが多い。

直売所があったから地域住民の成長があった

ここまで、地域をひっぱっていく直売所は少ないだろう。なぜ、直売所きてらは、こんなにも柔軟に動くことができるのだろうか。

直売所きてらは、地域住民と一緒に作り、成長してきた直売所だからだ。直売所きてら、加工所、「俺ん家ジュース」工場、農家レストラン、秋津野ガルテン、すべての設立に、それぞれのストーリーがある。どれも簡単にできたものではない。

直売所設立時には31人、直売所の移転・加工所設立の時には51人、ジュース工場設立時には21人、秋津野ガルテン設立時には489人、地区内外合わせ500人を超える人が出資し、完成までこぎつけた。出身者はもちろん、地域の人にとっても直売所きてらと秋津野ガルテンの成長は関心ごとだ。

俺ん家ジュース工場作業の様子
ジュース工場のおかげで農家で年間2割以上と言われるゴミになっていたみかんが商品として生まれ変われるようになった
俺ん家ジュース。さまざまな品種の味を楽しめる

もともと上秋津地区は地域づくりが活発な地で、昭和30年代から組織立ってさまざまな地域づくりが住民の力で行われていた。平成8年には農林水産省主催の農林水産祭で地域づくりの頂点ともいわれる天皇杯を受賞するまでとなったが、「このままで良いのかと」いう思いがあったと木村さんは話す。そこで、地域の10年先まで考えようと自分たちでお金を出し、マスタープランを作ることにしたそうだ。

その中で驚いたのが、農家のお母さんたちへのアンケートの回答だったという。ほとんどの人が「息子に農家を継がせない」と考えていた。それを見て、「このままでは上秋津地区は存続できない」と感じ、何か考えなければと思ったそうだ。これが、地域経済の中心ともいえる農業を守ることに、目が向いていくきっかけとなった。

小学校の旧校舎を利用したグリーンツーリズム施設秋津野ガルテン。2018年8月11日放送のテレビ東京「学校に帰ろう。」でも取り上げられた
歩くことの好きな外国人観光客に向けてウォーキングコースも整えた

直売所開設の話が出ると、今まではボランティアがメインであったイベント運営から、直売所の運営という「経済」、すなわち収益事業への移行には反対も多かった。しかし、手挙げ方式で出資を募ったところ手を挙げたのは農家だけでなく、多様な業種の住民たちだった。イベントなど地域に関わっていくなかで、地域住民の意識も変わっていた。直売所の運営という、収益事業に一歩踏み出したおかげで、それ以降の発展があり、今につながっている。

木村さんは「秋津野ガルテンの地域利用が増えてきていることが本当に嬉しい。以前は、協力を示さなかった人も賑わいを感じ、また住民に誘われて来てくれるようになった」と話す。お盆に帰省者を連れてきてくれたり、法事などでも秋津野ガルテンを利用してくれるようになったという。帰省した人もここを利用することで、地域に貢献することができ、またその収益で新たな雇用も生まれる。そんな場所に秋津野ガルテンがなっている。 木村さんの言葉を聞くと、直売所きてらは、一足飛びにここまで来たわけではないことがわかる。一つ一つ地域住民の意識改革をしながら、一緒に未来を見据えて舵を切ってきたからこそ、地域を守り発展させていく直売所なのだと感じた。

※この記事は「産直コペルvol.32(2018年11月号)」に記載されたものです。