小さな頃から農業にあこがれ、40歳の時に夢を実現させた山本幸恵さん。1児の母でありながら、専業農家として頑張る農業4年目の山本さんの姿から、「楽しむ」農業のあり方を見せてもらった。(文・越智加代子)
長野県松本市「生産者直売所 アルプス市場」に出荷する山本幸恵さん(44歳)
栽培面積:5アール
栽培品目:白ネギ、パプリカ、ミニトマト、ナス、モロッコインゲン、スナップエンドウ、キュウリ、ニンジン、オクラ、ビーツ、ジャガイモ、アマランサス、ドライフラワー用花卉数種など
山本さんが農家になった理由
汗が止まらない。7月初旬の灼熱ともいえる暑さの中、長野県松本市郊外の畑へと向かった。松本市の生産者直売所、アルプス市場の犬飼浩一社長と訪ねた畑は、アルプス市場から車で5分ほどの場所にあった。緑が青々と覆い茂った約100坪(約3・3アール)ほどの畑の中には、ありとあらゆる種類の野菜が育てられている。ナス、トマト、花などざっと数えただけでも20種類近くはある。
その中を颯爽と現れたのは、オレンジのショートパンツと茶色のロングヘアーが良く似合う、なんとも笑顔の素敵な女性だった。山本幸恵さん、この緑いっぱいの畑の持ち主である。
彼女が農業を始めたのは、今から4年前の40歳の時だそうだ。「息子が小学校高学年になり、子育てがひと段落して、もう今しかない!と思いました」と幸恵さん。子供のころ、周りの子供たちはみんな農家の息子や娘で、休みの日や学校が終わった後、みんなが家の農業を手伝っているのを見て、うらやましくて仕方なかったのだそうだ。その頃から農業に対する憧れがあって、いつか絶対農業をするぞ!と思っていたのだという。続けて、「あと、私の息子がものすごくお野菜が大好きなんです。この子に安全でおなか一杯大好きな野菜を食べさせてあげたい!というのも、農業を始めた大きな理由の一つですね」とも教えてくれた。
野菜はできるだけ放っておく!
そんな幸恵さんに、野菜を栽培するときのこだわりをお聞きしてみた。すると、「とにかく手をかけ過ぎないこと」という意外な答え。
「子育てもそうなんですけど、手をかけ過ぎると弱く育ってしまうんです。なので、水もぎりぎりまで、もう枯れちゃうかもっていうぐらいまであげない。そうすると、野菜ってどんどん強く育ってくれてそれが美味しさにも繋がっているんです」
野菜が徐々に採れだすと、今度は息子さんと旦那さんの3人家族では食べきれない量が採れ始めたのは3年前のこと。以来、食べきれない分を近くの直売所である、アルプス市場に出荷するようになったという。直売所の魅力について尋ねてみた。すると即座に、「朝収穫したものを、その日の午前中には店頭に並べられる。どんな人がどんな風に作ったものか、お客様もわかるし、私たちもどんなお客様が買ってくださったのかわかる。こんなお互いにとって最高の関係が築けるのって直売所ならではだと思います」と答えてくれた。
専業農家としてやっていくということ
家で食べる野菜づくりから始まった幸恵さんの農業は、はじめこそ少量多品種の無農薬野菜のみだったが、現在はその他にパプリカを2アールと、白ネギを40アールほど慣行農法で栽培している。家族にはほとんど手伝ってもらっていない。一人でやる量としてはかなりの耕地面積だ。
「4年前に農業を始めた時、専業でやっていくなら尚更、一般的な流通に出されている野菜と無農薬と何がどう違うのかをきちんと知らなくてはいけないし、専業でやっていくためにはちゃんと収益になるものも知らないといけないと思って、2年間研修で同じ松本市にある『小赤営農』さんにお世話になったんです。収益の上がる野菜も育てて、専業農家として独り立ちしていくことを目標にしていました」
幸恵さんはしかし、慣行農法とはいっても出来るだけ農薬は使わない努力もしている。畝の間の除草は機械を入れて耕し、除草剤は一切使用していない。作物の際の部分の草はすべて手で抜いている。犬飼社長も、これだけの面積を一人で栽培していることに、改めて感心しきりだった。
農業の楽しさを伝えたい
終始笑顔で灼熱の中の取材に答えてくださる明るい幸恵さん。その源泉はなんだろう。
「しんどいし、辛いし、もちろん日焼けもして、少なくともきれいな仕事ではないと思います。それでも、農業を始めてから出会った農家の先輩方がとにかく元気で、明るく本当に強いんですよね。その姿を見ていて、私もこんなステキな姿を子供たちや自分の周りの人たちに見せたいな、とは思いますね」と、その理由をステキな笑顔で教えてくれた。
休みの日は中学生になる息子さんと畑に出る。大好きな野菜を前に、息子さんはいつも楽しそうに手伝ってくれるそうだ。そんな幸恵さんに、これから農家を始める方に一言、とお願いしてみた。「とにかく楽しめるかどうかだと思います。農業は大変だけれど、どうとらえることができるか一つだと思うので。美味しい野菜でみんなが笑顔になると思えれば辛くはなくなるんじゃないかな」とにっこり。また素敵な笑顔が返ってきた。
「生産者直売所アルプス市場」とはこんな直売所
山本さんを紹介したのは、少量多品目の小規模な無農薬野菜だけではなく、慣行農法の野菜栽培と並行して、専業農家としてきちんと独立しているからです。どちらか片方だけでは気づけない、各々の強みは何なのか、自分で営農して理解しようとする姿勢には目を見張ります。もちろん彼女の野菜は美味しいです。
山本さんの畑に入るとわかるのですが、土に少し弾力がある。それは団粒構造と言って、微生物が働く良い土になっている証拠。基本の土づくりをきちんとしているから、美味しい野菜がちゃんと育っているんだと思います。パッケージもイラストなどを入れて、パッと目を引く商品になっている。元々広告関係の仕事をしていたそうなので、その辺も努力されています。うちの一番のお客様は「生産者」さん。ただ安いものを売りたいなんて思ってないですから、こうしてしっかりこだわりを持って頑張っている農家さんをどんどん応援していきたいですね。(代表 犬飼浩一さん)
※この記事は「産直コペルvol.55(2022年9月号)」に記載されたものです。