農と食

【地域野菜あまから訪問記】首狩り族のトウガラシ 植物遺伝資源探索〈ミャンマー編〉

行けなくなってしまった

筆者は2014年から実施されている農林水産省委託プロジェクト「海外植物遺伝資源の収集・提供強化」(~2017)、「海外植物遺伝資源の民間等への提供促進」(2018~)、通称PGRAsiaプロジェクトに参加し、アジア各国の国立農業試験研究機関と共同でトウガラシ遺伝資源の探索・収集を行っている。本誌でも38号に「カンボジアのカボチャ」と題して、カンボジアでの活動をご紹介したので、ご記憶にある方もいるかもしれない。しかし、昨年は件の感染症の関係で、海外調査は全て延期になってしまい、遺伝資源探索にも行けなくなってしまった。もし行けていたら、ミャンマーの山間地域へ行く予定だったのに……。ミャンマーでの植物遺伝資源探索はこれが2回目となるはずだった。1回目は2019年にミャンマー北西部、ザガイン地方域のインド国境での探索だった。

ナガ族

ミャンマーザガイン地方域レシでの遺伝資源探索風景ミャンマーザガイン地方域レシでの遺伝資源探索風景

この時の調査地域にはナガ族と呼ばれる人たちが居住していて、焼畑を中心とした農耕による生活をしていた。今でも焼畑で陸稲などを栽培していて、今回の道中でも、なだらかな山肌にある彼らの焼畑を何度も見る機会があった。ミャンマーのインド国境と書いたが、そのインド側は「ナガランド州」であり、やはりナガ族の人々が住んでいる地域であるのだ。実は、このナガ族、かつては首狩り族として知られていた民族だ。ナガ族は、いくつかの部族に分かれていて、その部族間で相互に首狩りを行っていたそうだ。この首狩りは、成人の儀式や結婚の許諾のために行われていた一面もあるらしい。もちろん、今では行われておらず、ナガ族内の部族間での連帯も強固になってきているのだそうだ。

別名ブートジョロキア

ミャンマーザガイン地方域レシのアササトゥトゥミャンマーザガイン地方域レシのアササトゥトゥ

そんなミャンマーのナガ族の人たちが愛してやまないトウガラシがある。ナガの言葉で「アササトゥトゥ」、ビルマ語で「シェーランボウ」と呼ばれているトウガラシだ。
このトウガラシ、インド側では「ブートジョロキア」等と呼ばれ、かつてはギネス・ワールドレコードで最も辛いトウガラシと認定されていた時期もある程の有名な激辛品種である。このミャンマーで収集してきた種子を、翌年に遺伝資源としての形質評価のため栽培試験をしたのだが、果実の辛味成分カプサイシノイドの分析を行ったところ、なんと、乾物1グラムあたり7万マイクログラムを越えるカプサイシノイドを含有する系統もあった。これは、我が研究室のトウガラシ研究の中で分析した品種の中では高濃度の最高記録である。ちなみに、一般的な一味唐辛子用品種である三鷹は2千マイクログラム程度、これまで、当研究室で分析した中で最も高濃度だったのが日本産のキャロライナリーパーの六万数千マイクログラム。その果実は、見た目もまたちょっと特徴的で、紡錘型の果実の表面には細かい突起が無数にあって、なんだか、凶暴な恐竜か爬虫類の皮の様にも見える。さらに、柑橘にも少し似たような独特の香りも特徴だ。

見た目は普通の野菜炒め、赤いのもトマトなのに激辛見た目は普通の野菜炒め、赤いのもトマトなのに激辛
猪肉を炙って裂き唐辛子や玉葱と和えた料理 赤くないけど激辛猪肉を炙って裂き唐辛子や玉葱と和えた料理 赤くないけど激辛

キネンセ種

このナガ族のトウガラシの不思議なところはその見た目や、ずば抜けた激辛だけではない、その種の分類がキネンセ種(Capsicum chinense)というところだ。キネンセ種は有名なハバネロやキャロライナリーパーなど激辛品種が多く属する種だ。日本ではトウガラシ在来品種のほとんどがアニューム種(C.annuum)に属し、南西諸島の「島とうがらし」のみがフルテッセンス種(C.frutescens)に属している。アジア地域全体で見ると温帯地域ではアニューム種、熱帯・亜熱帯地域ではそれに加えてフルテッセンス種が分布しており、キネンセ種は極めて少ない。何故、ミャンマーとインドの国境の山奥で、ナガ族の人たちだけがキネンセ種を利用しているのかが謎なのである。

一説には、首狩りの蛮行を止めさせるためにキリスト教を普及しに来た宣教師によってもたらされたという話もあるし、果実表面にイボイボがあるタイプのキネンセ種トウガラシを多用するカリブ海諸国にもインド系移住民が多くいるので、その人達によってもたらされたという説もある。しかし、どちらの説も根拠に乏しく、信憑性がない。これから、ちょっと調べていきたい研究課題の一つだ。

棍棒で頭を殴られたような

発酵した酸っぱい筍とじゃがいものスープ発酵した酸っぱい筍とじゃがいものスープ。唐辛子のかけらだけで激辛

通常、東南アジアの農家で調査をすると、トウガラシは庭で何本か作られていてそれを必要なときに、必要な量だけ収穫して使うことが多い。しかし、このナガ族のキネンセ種トウガラシは、庭に植えることはなく、前述の焼畑で栽培するのだそうだ。これも、ちょっと他と違う。

そんな他と違うトウガラシ、現地調査中の食事は全てナガ族の食堂で食べていたので、もちろん、我々も食べる機会が多かった。このトウガラシは少量でとても辛いので、料理の見た目では辛いか辛くないか全く解らない。炙って裂いた猪肉、野菜炒め、発酵筍のスープなど、ただただ美味しそうにしか見えない料理なのに、口に入れたとたん、棍棒で後頭部を殴られたような衝撃が走るのだ。ナガ族の食堂で食事する際はご用心。

※この記事は「産直コペルvol.46(2021年3月号)」に掲載されたものです。

ABOUT ME
松島 憲一
信州大学学術研究院農学系准教授。博士(農学)。専門は植物遺伝育種学でトウガラシやソバなどの遺伝資源探索、遺伝解析、品種改良および民族植物学的な研究を実施している。また、それら研究を通して地域活性化についての支援もしている。信州伝統野菜認定委員。