地域づくり

自然栽培米を海外へ、そして限界集落を新しく作り直す -株式会社Wakka Agri 社長/細谷啓太さん

2023年1月10日、【~中山間地農業集落・中心市街地商店街―若者たちの挑戦~】をテーマに、第6回「東信州次世代農商工連携セミナー」(主催:東信州次世代産業振興協議会・事務局:産直新聞社)が開催されました。講師としてご登壇頂いたのは、高齢化・過疎化・空洞化が進むと言われる「中山間地の集落」・「地方の小規模中心市街地商店街」において、新しい試みで地域づくり・街づくりを進めるお二方。ここではそのお一人「株式会社Wakka Agri」社長・細谷啓太さんの講演要旨を掲載します。(まとめ・片桐陽子)

 本日は「ワッカアグリの米作りと街作り」というタイトルでお話をさせて頂きます。私たち「Wakka Agri(以下、ワッカアグリ)」は長野県伊那市長谷地区の中尾という集落で自然栽培で米作りをしています。そして最大の特徴は、米作りをする数ある農業法人の中で、海外市場への輸出に特化しているという点です。自然栽培という栽培方法も大きな特徴ですが、それについては後半で触れます。

 高齢化が進む農業界ですが、ワッカアグリは現在、40歳前後の若いメンバーで構成されています。私たちが参入する前の中尾集落もまた、高齢化が進む限界集落でした。ここで米作りをして6年。その中で、農地の維持は集落の共同作業があってこそ成り立ち、集落の継続と共に米作りがあると痛切に感じ、現在は農業だけでなく、限界集落を新しく作り直すという意気込みで街作りも進めています。

海外輸出の始まり、広がっている現在

 お米の輸出事業は、ワッカグループの創業者であり、現在はグループ代表を務める出口友洋が、当時勤務していた会社の赴任先だった香港で食べた日本のお米のあまりの不味さに驚いた事に始まります。当時の輸出米は、日本で精米され、気温・湿度ともに劣悪な環境で流通・保管され、すっかり酸化した状態の日本米が香港の店頭に並んでいるという状況でした。

 そこで、代表の出口が「美味しい日本のお米を届けたい」と一念発起。起業したのがワッカジャパンです。こだわりの生産者さんから良質な玄米を仕入れ、それをきちんと管理された冷蔵コンテナに詰んで輸出。現地でも玄米のまま、定温倉庫にてしっかりと温度管理をして保管し、店頭でオーダーを受けてから初めて精米し販売する。お米を生鮮品として捉え、出来る限りベストな状態で消費者の手元に届けるための、自社一貫流通の形を作り上げました。

すっきりと高級感のあるハワイホノルル店
お米それぞれの特徴を2か国語でご紹介

 日本産の美味しいお米が買える店として、少しずつ認知も上がり、創業12年目の現在は、香港・シンガポール・台湾・ハワイ・ベトナム・ニューヨークの6拠点を構えるまでになっています。2023年中にアメリカ西海岸にもオープンする予定です。

 店舗の主要商品であるお米は、アジア圏では「三代目 俵屋玄兵衛」、アメリカでは「the rice factory」というブランド名で展開。その他にも甘酒・日本酒・玄米パスタ等、お米由来の加工品をはじめ、お惣菜・調味料・箸・椀なども販売しています。

 また、各拠点には「お米ソムリエ」が在籍。お米を美味しく愉しんで頂く方法をお伝えしています。私たちは、ただお米を販売するだけでなく、日本の食文化をまるまる輸出し、ご紹介できたらと考えています。

希少品種「カミアカリ」との出合い

 海外拠点が増えるとともに、海外のお客様の様々な声も耳に入ってくるようになりました。中でも、食に対する安心・安全を求める声、健康志向による玄米食へのご要望・ニーズが高いことが分かってきました。

 そんな旺盛な海外のニーズに応えることができる、最高のお米を探していた時に出合ったのが、静岡の有機農家・松下明弘さんが作る「カミアカリ」です。このカミアカリという品種は、松下さんが日々お米と向き合う中で発見し、大切に増やして個人で品種登録された玄米食専用のお米。コシヒカリの3倍もの巨大な胚芽を持っているのが特長で、極めて高い栄養価が確認されています。

胚芽が通常の3倍と大きく、食物繊維とGABAが豊富なカミアカリ

 このお米であれば、日本が誇る玄米食用のお米として胸を張って輸出できる、是非育てたいと、私たちは、松下さんの元に何度も通い、思いを伝え、栽培する了承を頂くことができました。そうして、現在でも国内で5農家しか生産することのできない希少品種カミアカリを、ワッカアグリが設立された2017年より大切に育てています。

理想的な環境で、自然栽培で育つカミアカリ

 私たちが本拠を置く長野県伊那市長谷地区は、豊かな水源に恵まれた中山間地にあります。ワッカアグリの棚田もその地形に沿うように広がっています。当初は、耕作放棄地となっていた数枚の田を起こすところからのスタートで、機械の準備もなかったため地元の方々の協力を得ながら、多くの作業を人の手で行っていました。

 6年経った現在は機械化も進み、同じ地域内の100枚以上の田んぼを管理するまでになっています。上流には何もないため、手付かずのきれいな水が使え、その上、長年に渡り耕作放棄されていた土地を利用していますので、地力もあり、残留農薬・肥料の心配もありません。

 そんな理想的な環境で、無農薬・無肥料の自然栽培で育てたお米は、海外のお客様の食の安心・安全に対するニーズに自信を持ってお応えすることことができます。そして多くのリピーターさんより、ワッカアグリのカミアカリは苦味やえぐみが少なく、まるで白米のように食べられる玄米だとご好評頂いております。

自然栽培との出合い、ワッカアグリとの出合い

 自然栽培との出合いは、私が茨城大学農学部に在籍していた際、「奇跡のりんご」で有名な木村秋則さんを講師として、自然栽培でお米を育てる機会に恵まれたことでした。慣行栽培と比べ収量は少なかったものの、肥料、農薬を使わずにとても美味しいお米ができたことに本当に驚いたことを今も鮮明に覚えています。そして自然栽培は、私が農学部で学んできた事とは異なる点が多く、その乖離にも驚かされました。

 その後、私は自然栽培の第一人者である弘前大学の杉山修一教授の研究室に入ります。博士課程の3年間は、お米の自然栽培をしている農家さんを巡り、研究に没頭。博士論文「自然栽培水田における窒素循環と収量成立機構」の形にしました。

 そんな私とワッカアグリとの出合いは、自然栽培の分析や自身の考えを記していた自身のブログを出口さんが発見し、声をかけてくれたことに端を発しています。当時、自然栽培を実践してみたいという気持ちが強かった私は、時をおかずに、入社を決意。長谷に移住し、2018年よりメンバーとともに、自身の考える自然栽培を実践しています。

自然栽培とは?その鍵となるー微生物ー

 気づけば、自然栽培に携わり10年になります。その間、自然栽培という名称が持つ宗教的、スピリチュアル的な雰囲気や、雑草ボーボーの圃場で作物を育て、できた収穫物は栄養が乏しくヒョロヒョロといったイメージを持たれるなど多くの誤解を感じてきました。

 自然栽培を定義するのは難しいですが、一般的な農業は肥料や農薬など外部資材を農地に「入れて獲る」のに対し、自然栽培は外部資材を投入せず土や作物が持っている潜在的な力を最大限に「引き出して獲る」新しい農業の考え方だと捉えていただければ、ご理解しやすいと思います。

 土や作物の力を引き出すとは、すなわち目に見えない微生物が働きやすい環境を整えることです。窒素成分を投入せずとも、微生物が活動を自発的に高め、稲に対してポジティブな影響を与える例や、微生物の新陳代謝を利用した乾土効果。稲藁を餌にして大気中の窒素を固定し、田に補う微生物の存在などなど……。これらまだ多くの生態が解明させていない微生物を活かすことが自然栽培の鍵であり、現在の農学研究の最新のトピックともなっています。

 自然栽培についてはこの場では話しきれないので、より詳しく知りたい方はこちらをご参照ください。

「自然栽培水田における窒素循環と収量成立機構」 細谷啓太 博士論文

・「すごい畑のすごい土 無農薬・無肥料・自然栽培の生態学」 杉山修一著 書籍 

・「ここまでわかった自然栽培」 杉山修一著 書籍 

魅力ある街づくりへの取り組みと未来 

 我々の生産拠点となっている集落は、少しずつ確実に高齢化が進んでいます。このままいけば、10年後には集落自体の維持が難しくなる状況です。集落の衰退は、米作りにとっても大きな問題。ワッカアグリでは、外部から人やお金を呼び込めるような魅力的な街づくりが不可欠と考えています。

荒れ果てていた古民家を改修
ごつごつと雰囲気のあるオブジェのような竈

 その足掛かりに、2022年に築130年の古民家をリノベーションし、街づくりのシンボルともなる拠点を作りました。沢山の人が集える大きな土間、地元の岩石を使用した竈、囲炉裏を擁し、現在既に多くのイベントを開催しています。集落の方を招いて郷土料理を教えていただくワークショップや、獣害で問題になっている鹿を捕獲し、解体・精肉を行う「鹿部」も活動しています。このように今後も交流の場・伝承の場として活用して行きたいと考えています。

温かい雰囲気の郷土料理ワークショップ
 「鹿部」自身で捕獲した鹿の精肉作業

 また、私たちの想いに賛同し、ジビエ料理店や天然酵母パンのお店をオープンしようとしてくださっている方々もいらっしゃいます。これからも様々な事業をこの地に呼び込んで、集落に雇用を生み出して活性化させ、外部からも移住・定住しやすい環境、移住したくなるような環境づくりを積極的に行っていく予定です。

株式会社Wakka Agri(ワッカアグリ)/the rice farm ホームページ

記者の目 ― 出合うべくして出合い、つながったストーリー。物語はさらにつながっていく。

 最近、よく目にする言葉――ブランディング。そのためには、「ストーリー」は欠かせないと言われます。でも細谷さんのお話は、ブランディングのためにわざわざ作ったような、作られたストーリーではなく、出合うべくして出合い、そしてつながるべくしてつながった「運命」のようなものを感じるようなストーリーでした。だからこそ誰の心にもすんなりと入り、誰もが納得できるストーリーだったんだと思います。

 ワッカアグリさんと地域の方々が、お米作りを通じて取り戻した美しい棚田に見ることができる「日本の原風景」。そこから「地域目線」と「感謝の想い」を大切にしながら進められている街作り。そこには、きっと新しくて、でもどこか懐かしくて、優しい「日本の原風景」を見ることができると思います。

 そして、そんな街から発信される最先端のビジネス、グローバルな事業展開に、地域のみならず全国からこれからもたくさんの期待が寄せられ、その声はどんどん大きくなっていくんだろうと感じました。まずは私もカミアカリを食さねば!

※記事内の写真は、細谷さんの資料より使わせていただきました。

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産直コペル 編集部
この記事は、産直新聞社の企画・編集となります。